選手の生の声に触れれば、スポーツ観戦がさらに深まる。
第一線で活躍してきた2 人の女性アスリートに、競技の魅力や熱戦の裏にある努力について聞いた。
カーリング
吉田知那美 選手

会話が聞こえることの魅力
コミュニケーションがすべてを作る
氷上をゆっくり滑るストーンを見つめ、追いかける選手たち。「そだねー」の流行語などで注目を集めたカーリングを、長く「ロコ・ソラーレ」で支え、現在は海外でプレーする吉田知那美選手に聞いた。
カーリングの醍醐味について「ほかのスポーツに比べて、会話やコミュニケーションの比重が大きいこと」と話す吉田選手は、試合前後のミーティング、そして試合中の会話も大切にしている。テレビ等で観戦していてもその詳細な会話が聞こえてくるのは、選手がピンマイクをつけているからだ。
「選手が何を考えて、どういう意図で決断をしてそのプレーをしているのか、それを全部知ることができるのがカーリング観戦の面白さだと思います。思考のプロセスから会話、言葉遣い、表情、もめているときはその内容まですべてが丸見えです」
真剣勝負の中、「自分の発した言葉がすべて世界に発信される」という状況は、雑念を生むようにも思える。プレーの邪魔になることはないのだろうか。
「私たちは小さなころから、自分が話す言葉は放送に乗るものだという意識を持ってすごしています。家族、親戚、自分の好きな人だって聞いているんだから、恥ずかしくない自分でいられることを意識するようになる。カーリング選手たちは何時間もピンマイクをつけてプレーしていても、放送に乗ってはいけないような発言をすることはないんです」
体に刻み込まれたそのプロ意識があるからこそ、観客も選手たちの心の機微を見つめながら観戦することができる。もちろんスムーズにいくことばかりではないが、対処法もまたコミュニケーションにある。
「一番よくないのは、自分が弱っているときにチームに助けを求められないこと。理由がわからないと、助ける方法もわからないですよね。私たちは必ず『弱さの情報公開』といって、弱いところを共有しています。そうすることで、自分のことだけじゃなくて、チームとして支えることも、支えてもらうこともできています。会社のミーティングなどでうまくいかないことがあるとき、もしかしたらカーリングの試合にヒントがあるかもしれません(笑)」
よしだ・ちなみ
1991年北海道北見市(旧常呂町)生まれ。7歳からカーリングを始める。2014年ソチ五輪に出場し、同年ロコ・ソラーレに加入。2016年世界選手権で日本勢初の銀メダル獲得に貢献し、2018年平昌五輪で銅、2022年北京五輪で銀メダルを獲得。現在はカナダのロック・リーグのチーム「タイフーン」でキャプテンを務める
元競泳選手
大橋悠依 さん

わかりやすさと複雑さを併せ持つ
水泳を一生続けられる競技に
プールや海で泳ぎに親しむ方は多いかもしれないが、こと「観戦」となると、水泳競技は決して身近な存在とはいえない。東京五輪の競泳個人メドレーで200m、400mの二冠に輝いた大橋悠依さんはこう語る。
「競泳の一番の面白さって、勝負がわかりやすいことだと思うんです。とにかく、一番最初にタッチした人が勝ち。それは採点競技などとはまた違う面白さなのかな、って」
確かに、誰が見ても勝者がすぐにわかるシンプルさは魅力だ。しかし一人で4泳法をこなす個人メドレーには、複雑さも伴う。
「個人メドレーの選手でも『4種目全部が得意』ということはないんです。必ず得意、不得意がある。最初の100mを断トツで泳いだのに、平泳ぎに入った途端に5位になるなんていうこともあります。それを理解して選手はレースの設計図を組んでいくんです。泳ぎ始めてから方針を変えることもあります」
そんな知能戦でもある競泳だが、現地観戦ならではの楽しみもあるのだろうか。
「選手がスタート台に乗って会場がシーンとする瞬間の緊張感は現地ならではですし、やっぱり音が違うんです。水をかく音までしっかり聞こえますよ。注目してほしいのは飛び込みの音。うまい人ほど『静か』なんです。一般の人が飛び込みをすると、音が大きかったり、水しぶきが大きかったりしますよね。世界レベルのアスリートはスーッと入っていく。そこは感動ポイントですよ」
尽きることなく競泳の魅力を語る大橋さん。そんな大好きな競泳の第一線を退いた彼女が選んだのは、大学院で栄養科学を学ぶ道だった。「水泳選手が、体も心も健康な状態で長くスポーツを続けることに還元したいという思いがあります」
視線の先にあるのは、トップレベルの選手だけではない。
「水泳って、小中学生のころに良い記録を出すけれど、高校、大学で伸び悩んでリタイアというケースが珍しくないんです。その後、また水泳をやりたいと思うのかなって……。そこで水泳から離れるんじゃなくて、得意な競技で健康づくりをして、長い人生を通して『水泳というスポーツ』を楽しんでほしい。そのサポートをすることが私の願いです」
おおはし・ゆい
1995年滋賀県生まれ。幼稚園から水泳を始め、東洋大学在学中の2017年に日本選手権200m・400m個人メドレーで優勝。世界選手権でも活躍し、2021年東京五輪では両種目で金メダルを獲得、日本女子競泳初の2冠を達成した。2024年パリ五輪を最後に現役引退。現在は競泳の普及や後進の指導などに携わる。