ポール・ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 1833年 油彩・カンヴァス ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵 Paul Delaroche, The Execution of Lady Jane Grey, ©The National Gallery, London. Bequeathed by the Second Lord Cheylesmore, 1902

《上野など》「恐怖」をキーワードに絵画を愉しむ美術展「怖い絵」展 10月に開催


 絵は「見る」だけでなく「読む」もの―。「恐怖」をキーワードに、一風変わった鑑賞方法で絵画を愉しむ美術展「怖い絵」展が、7月22日から神戸市の兵庫県立美術館、10月7日から台東区の上野の森美術館で開催されます。

 先日、都内で記者発表会が行われ、本展の特別監修をつとめる作家の中野京子さんが「絵に込められた意味を読み解くことで、より深く絵画を味わうことができる」と展覧会の魅力をアピールしました。

 西洋名画に隠されたエピソードを紹介し、新たな美術解説書としてベストセラーとなった中野京子さんによる『怖い絵』シリーズ。本展は、その世界観を初めて展覧会にしたものです。地獄や怪物など見るからに怖い絵から、一見すると美しい絵画まで、さまざまな恐怖を隠し持つ近世、近代の西洋名画約80点が結集します。

 企画がスタートしたのは8年前。主催者から展覧会化を打診された中野さんでしたが、当初は開催に不安があったといいます。「まさか展覧会になるとは思わずに、書籍ではとても貴重な名画ばかりを取り上げてきました。書籍の表紙になり、なおかつ日本に来たことがない作品の出品が決まらないかぎり、展覧会にすることはできないと思っていました」。

 そんな懸念にもかかわらず、ある名画の初来日が奇跡的に決定。それは、縦2.5メートル、横3メートルにも及ぶ大作「レディ・ジェーン・グレイの処刑」です。権力争いに巻き込まれ、わずか9日間の在位ののち、16歳で処刑された悲劇のイングランド初代女王 ジェーン・グレイ。「9日間の女王」の異名を持ち、日本では堀北真希さん主演で舞台化されたことでも有名です。

 真っ白なドレスをまとい、目隠しのまま手さぐりで断頭台を探す美少女。一見しただけでも胸打たれるこの作品ですが、実はそこかしこに恐怖が隠されています。例えば、少女の傍らに立つ赤い服の男の腰に下がるナイフ。当時は斧で一断できないことが多く、首をごりごりと掻き切るため処刑人はナイフを携帯していたそうです。

 また、断頭台の下に敷かれた藁は、飛び散る血しぶきを吸うためのもの。断頭台そのものも、衝撃に備えてがっしりと鉄輪で固定されていますね。そう、まるで演劇の1場面のようなこの作品ですが、一瞬後にはジェーンが首を失って横たわることを予感させるヒントが隠されているのです。

 文豪 夏目漱石の小説『倫敦塔』にも登場する本作。「小説には、幻想の中でジェーンの血しぶきが自分のズボンにかかる、というシーンが描かれています。動画のなかった時代、人々はまるで映画のように生々しいドラマを絵画から感じ取っていたのです」

 中野さんは、さらに続けます。「もし、四谷怪談を知らない人が、お岩さんの絵を見たらどう思うか。単に目が腫れた醜い女性だ、と思うだけで終わってしまうでしょう。背景を知ることで、絵の持つ本当の恐ろしさや悲しさが初めてわかるのです」

 記者発表会では、本展のナビゲーターと音声ガイドを担当する女優の吉田羊さんも登場。あまり絵画には興味がなかったという吉田さんですが、『怖い絵』シリーズを読んであまりの面白さに、ナビゲーターを引き受けることを決めたそうです。「私自身も、一つの絵を見て『何が怖いんだろう』という好奇心をかきたてられました。そういう好奇心を入口に、その絵が持つもう1つの顔を発見して、絵画鑑賞の新しい楽しみ方を発見してもらえれば嬉しい」と話しました。

「怖い絵」展の魅力を伝える女優の吉田羊さん(左)と作家の中野京子さん


 吉田さんおすすめの作品は「オデュッセウスに杯を差し出すキルケー」。美しい女性のようですが、実は狙った男を家畜に変えてしまう恐ろしい魔女。よく見ると足元には姿を変えられた豚が転がっています。鏡に映る怯えた男はギリシャ神話の英雄・オデュッセウス。部下たちを助けるために乗り込んできたのですが、果たして結末は…?

 「繊細で美しい絵だというのが最初の感想。しかし、中野先生の本を読んで、不吉な杯を、不敵な笑みを浮かべて差し出すキルケーのしたたかさや、飲んだ先の答えが足元に豚として転がっている怖さに気付かされました」

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 《オデュッセウスに杯を差し出すキルケー》1891年 油彩・カンヴァス オールダム美術館蔵 ©Image courtesy of Gallery Oldham


 書籍で紹介された作品以外にも、特別にセレクトされた名画が続々登場する「怖い絵」展。美と恐怖に酔いしれてみたいです。


「怖い絵」展

〈兵庫会場〉

会期:7月22日~9月18日

会場:兵庫県立美術館(神戸市中央区脇浜海岸通1-1-1)

休館日:月曜日(祝日の場合は開館)

<東京会場〉

会期:10月7日~12月17日

会場:上野の森美術館(台東区上野公園1-2)

会期中無休

公式HP:kowaie.com


LATEST POSTS