9月の初め、私は富山におりました。越中八尾で江戸時代から続く行事、「おわら風の盆」を見に行く旅です。空の端が茜色に染まっていく夕方、ぼんぼりが灯る古い町並みの間を、胡弓と三味線の旋律に合わせて、編み笠をかぶった男女がゆるやかに流し歩く、とても風情のあるお祭りです。威勢のいい活気のあるお祭りとはまったく逆の、ゆったりと、しっとりと、哀愁あふれる時間。日本の情緒の深さをあらためて知る旅になりました。
「今度、海外からの旅行者を連れて行きたいんだけど、藍染め体験ができる工房はあるかな?」。訪日ツーリストのボランティアガイドをしている友人に聞かれました。「最近、とくに欧米から来ている富裕層のお客さんは、日本の工芸や手仕事を体験できる場所に行きたい、というリクエストが多くて」とのこと。
海外からの訪日客数は、月間320万人を超えました(2024年7月※)。中でもリピーターの割合は増加傾向にあるようです。はじめて日本に来たときは、東京、大阪、富士山、京都とゴールデンコースを回った人たちも、二度目、三度目になると、もっと日本の伝統文化や思想を知りたくなるのだと思います。
昨年、熊野古道を歩いていたところ、観光客の半数近くが外国人で驚きました。スイスから来日していた方に「どうして熊野に来たのですか?」と質問すると、「一生のうちに日本で巡礼の旅をしたかった」と答えてくれました。「日本の文化を学びたくて、ホテルではなくAirbnbで民家に滞在しながら、旅をしている」とも。京都の知人が勤める禅寺では、英語での坐禅ツアーが人気です。いま求められているのは、深い日本体験です。
こういった文化を学ぶ体験型のツアーをはじめとして、「トランスフォーマティブ・トラベル」が注目されています。トランスフォームを直訳すれば変化、変革。つまり、「人生変えちゃうような体験をする旅」ということです。ここ最近「モノよりコト消費」という傾向がありましたが、そこからぐっと踏み込んで、文化を深く体験し、未知の価値観に触れる旅の需要が高まっているのだといいます。訪日客の中でも富裕層にその傾向が強く、日本をさらに理解するために体験型のコンテンツが求められているのだと。
旅にはいろいろな目的があります。観光、美食、レジャー、何もしないことを楽しむ。人それぞれのさまざまな旅がある中で、人生観を変えるトランスフォーマティブな体験が日本にあることが誇らしいと思いました。
以前NYの書店で見つけたのは『IKIGAI』という本でした。イキガイ、生き甲斐。日本語の中には、英訳しきれない概念があります。その中で注目されていたのが「IKIGAI」という言葉。「MOTTAINAI」や「KAWAII」は、いまやそのまま海外でも通用する言葉、概念となりました。こうした日本研究が流行している背景には、パンデミック後の世界で、多方面にパラダイムシフトが進むなか、古くて新しい日本の思想や、古くからの文化の中に生き方のヒントを求めていることがあるように思います。
そして、世界から注目される日本の文化を私たち日本人はどれだけ体験し、学んでいるか? 海外から来た友人に自分の言葉で説明できるように、もっと私自身が「日本」を学ばねば、と思ったのでした。
※ 日本政府観光局が発表した推計値より
THIS MONTH'S CODE
#「おわら風の盆」
元禄15年から続くといわれるお祭り。11ある町内でそれぞれの踊りが披露される。深夜から始まる「町流し」では、世代を超えた踊り手たちによって、朝まで踊りが繰り広げられる。
#日本で巡礼の旅
1998年、「熊野古道」はスペインの巡礼の道として知られる「サンティアゴへの道」と姉妹道提携を結んでいる。
#『IKIGAI』
エクトル・ガルシアとフランセスク・ミラージェスの共著。副題はThe Japanese Secret to a Long and Happy Life”。Amazonにおける洋書の売れ筋ランキングでも、いまだに上位にランクインしている。世界で計200万部以上が売れたベストセラー。