ちょっとだけ(福音館書店)

【絵本に再び出会う】絵が語ること② 「ちょっとだけ」

コラム,

 平成19年に福音館書店から刊行された『ちょっとだけ』(瀧村有子・作、鈴木永子・絵)は、子育て中のママに人気の一冊です。赤ちゃんが生まれ、お姉ちゃんになったなっちゃんが〝ちょっとだけ〟我慢したり、頑張ったりしながら自立していくお話で、わが子の成長や自身の子育てを振り返ることができるからでしょう。

 絵を描いた鈴木さんは、子供のデッサンを重ね、長い時間をかけて絵を描いたそうです。絵からは、鈴木さんが子供を外側から客観的に観察するのではなく、子供に共感し、子供の内側から世界を見つめていることが読み取れます。

 3つの場面を見てみましょう。1つ目は、赤ちゃんのお世話で忙しいママを気遣い、なっちゃんが自分で牛乳を注ぎ、パジャマを着て髪を結ぶ場面です。牛乳がテーブルにこぼれ、パジャマのボタンは一つ飛ばし。でも、なっちゃんの笑顔と真っすぐな視線から「自分でできた」喜びがあふれています。

 2つ目は、いつもはママに背中を押してもらう公園のブランコに1人で乗る場面です。〝ちょっとだけ〟ブランコは動いたのに、なっちゃんの視線は伏し目がちです。なぜなら、そこにママの姿がありません。

 3つ目は、家に帰ったなっちゃんが「〝ちょっとだけ〟 だっこして」とママに頼む場面です。ママが「いっぱい だっこしたいんですけど いいですか?」と応えると、なっちゃんは満面の笑みで視線は上を向きます。

 お話の始まりで、ママのスカートを握りしめていたなっちゃんが、裏表紙ではママから〝ちょっとだけ〟離れて赤ちゃんの乳母車を押しています。

 大学の「子供理解」の授業でこの絵本を取り上げたとき、1人の学生が3つの場面の違いに気づき、上向きの視線を「大好きな人に愛され受け入れられるとき、子供は遠くの未来を見ていけるのではないか」と分析しました。それこそが子供の自立です。

 表紙に描かれた、赤ちゃんを抱くなっちゃんの笑顔は、子供が自ら育つ力を信じて、大人たちが〝ちょっとだけ〟我慢して、子供をゆっくりと見守っていく大切さを教えてくれます。(国立音楽大教授・林浩子)

2017年6月9日産経新聞掲載




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