昭和57年に福音館書店から刊行された『あさえとちいさいいもうと』(筒井頼子作、林明子絵)は、子供たちがどのように絵本を味わっているのかを私に教えてくれた一冊です。
お母さんが少しだけ留守をする間、あさえは妹の面倒をみようとします。妹を喜ばせようと、あさえは家の前の道に夢中で絵を描きます。ところが、顔を上げると妹の姿がありません。あさえは妹を捜しに、どきどきしながらいつもお母さんと行く公園に向かって走り出します。
表紙から裏表紙まで、19の全ての場面にあさえが登場しますが、そのうちの10場面で、あさえは後ろ向きに描かれています。読者は、あさえの表情を見ることができません。
勤務していた幼稚園の4歳児クラスでこの絵本を読んだとき、それぞれの場面で見せる子供たちの表情に私ははっとしました。大通りから自転車のブレーキの音がした場面では、子供たちはあさえの後ろから、その場面を見つめて不安そうな表情になり、クラス中に緊張が走りました。妹がいなかったことを見て取ると、ほっとため息をつく子もいました。
公園に近づき、あさえのどきどきがいっそう早くなる場面では、2人の女児が互いの顔を寄せて、「(妹は)絶対、公園にいるよね」と言い合いました。砂場で遊ぶ妹を見つけると、「いた、いた」と子供たちから声が上がりました。あさえが妹に駆け寄り抱きしめる場面では、クラス全体に安堵(あんど)感が広がりました。
裏表紙には、迎えに来たお母さんと手をつないで帰る姉妹の姿が描かれています。絵本を見つめる子供たち一人一人が、あさえに「なって」、あさえと一緒に妹を捜していたのです。そのとき子供たちは心を揺り動かしながら、さまざまな感情体験をしています。自分以外の何者かに「なってみる」ことで、対象に共感しながら理解しようとしていきます。その積み重ねの中で、子供は自分以外の他者の存在や思いに気付いたり、新たな自分に出合ったりしながら、心を成長させていくのです。(国立音楽大教授 林浩子)

