社会派ドラマ、という言葉をよく耳にする。個人の日常を描くのではなく、社会全体にとっての大きな事件や出来事を描いた、重厚で硬派な作品。その点、韓国の新鋭女性監督による『はちどり』は、一見、小さな日常劇といえそうだ。
主人公は、1994年のソウルに暮らす中学2年生の少女ウニ。自分の家の場所すらわからなくなるほど大きな集合住宅に住む彼女は、両親と兄、姉の5人暮らし。末っ子のウニは、家父長制が支配する家に不満はあるが、世の中そんなものだと諦めてもいる。少しふくれた頰に不満をいっぱいに詰め込んだ、いわゆる普通の中学生。恋人とのすれ違い。友人との諍(いさか)い。うまくいかない家族関係。映画は、彼女の平凡な毎日を、静かな緊張感をもって描き出す。
学校の同級生になじめないウニは、新しくやってきた漢文塾の教師ヨンジに憧れる。階段の踊り場でタバコを吸う彼女には、言いようのない寂しさや絶望感がまとわりつく。おそらくヨンジは学生運動に参加し挫折を経験したのだろうが、ウニはその事情を知らない。ただこの年上の女性に惹かれ、壊れそうに痩せた背中を追いかける。
物語は、すべてウニの視点で描かれる。だからウニ以外の人々がどんな問題を抱え、何を考えているのか、その詳細を知ることはできない。だが、ヨンジの寂しさに自然と呼応したように、少女は少しずつ、誰もが自分と同じように何らかの寂しさや欠乏感を抱えていることに気づいていく。
そんなある朝、大きなニュースが報道される。漢江にかかるソンス大橋が突如崩落したのだ。実際に1994年に起きたこの大事故は、ウニに強いショックを与える。同世代の日本人なら、1995年の阪神・淡路大震災での体験と置き換えられるかもしれない。自分の生きる場所が、一瞬にして崩れ落ちる体験。テレビに映る光景に呆然と立ちすくむ一方で、自分もまた同じ場所に生きているという事実を突き付けられる。日常は変わらず続く。でもその風景は、昨日までとまったく別のものに変わってしまう。
ありふれた日々を描いたかに見えるこの小ぶりな映画は、ひりひりとした残酷さを抱えながら、画面の外に広がるとてつもなく大きな世界を映し出す。少女はその後、どんな大人になるのだろう。

This Month Movie『はちどり』
1994年、韓国・ソウル。中学2年生のウニは、餅屋を営む両親と、大学受験を控えた兄、隣町の高校に通う姉と集合住宅の一室で暮らしていた。勉強が嫌いなウニにとって、ボーイフレンドや親友と遊ぶのが唯一の楽しみ。閉塞的な環境と、身勝手な大人たちを冷たく眺めながら、少女は少しずつ大人になる。1981年生まれの監督が自身の過去を題材に製作。社会を見つめるたしかな視線に貫かれた秀逸な青春映画。
4月25日(土)よりユーロスペースほかにて公開。
監督:キム・ボラ
出演:パク・ジフ、キム・セビョク、イ・スンヨン
旧作もcheck!
『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』
子どもたちの視線を通して社会の残酷さを活写するキム・ボラ監督の才能は、エドワード・ヤンのこの傑作映画(1991年製作)をどこか想起させる。

監督:エドワード・ヤン
DVD 5800円
発売・販売元:ハピネット