© KOMORI HARUKA

ただ画面を見つめ、音を聞くことの尊さを映しだす《映画でぶらぶら》


 映画のなかで手作業に没頭する人が映ると、それだけでわくわくしてしまう。料理をする。漢方薬をつくる。本のデザインをする。どんな作業でもいい。黙々と手を動かしつづける人の姿が好きだ。そうした作業はたいてい孤独なもので、その静けさに惹かれるのかもしれない。

 『空に聞く』は、東日本大震災の後、「陸前高田災害FM」でラジオ・パーソナリティを務めた阿部裕美さんの姿を捉えたドキュメンタリー。冒頭、プレハブのスタジオで黙々と作業をする彼女を見た瞬間、ああ私はこの映画が大好きだ、と思った。コードを差し込み、CDを入れ、音を調整し、原稿を読み直す。機器に囲まれた部屋で、彼女はたったひとりで作業をする。

 映画は、FM局で働く阿部さんと、数年後、夫とともに再開した和食屋で当時のことを語る彼女の姿を交互に映す。「陸前高田災害FM」の収録風景がとにかくおもしろい。マイクはしばしばスタジオを離れ、誰かの家や、祭りの会場へと場所を移す。語られるのは、町の歴史や、かつてここにいた人々のこと。その声を記録するのが阿部さんの仕事だ。

 阿部さんが話を聞く姿勢、間合いの取り方は独特だ。最初から「聞く人」としているのではなく、茶飲み友達のように話をしながら、気がつくと「聞く人」としてそこにいる感じ。その微妙な変化を、カメラは逃さず映す。

 ここにはたくさんの音がある。人々の笑い声や泣き声。激しい風の音。賑やかな祭りばやし。台地の嵩(かさ)上げ工事をする音。真新しい道路を走る車のタイヤの音。急激な変化を遂げる町で、人々の記憶に刻まれた声に阿部さんは耳を澄ます。小森監督もまた、じっと目を凝らしその光景を見つめている。小さな声に耳を傾けるうち、沈黙もまたひとつの音として現れてくる。もうこの世にはいない人の声も聞こえてきそうだ。

 ここで起きたことに共感し、理解するなんて無理だ。私たちはただ画面を見つめ、そこで響く音を聞くことしかできない。それがどれほど難しく尊い行為なのか、この映画を見てようやくわかった。放送準備をする阿部さんの姿から始まった映画は、再開した店で働く彼女を映して幕を閉じる。なんてことのない日常の風景。だが荘厳なほどの美しさに満ちている。

metro213_movie_01.jpgプレハブでできたスタジオでの作業風景。阿部さんは3年半、このスタジオから放送を続けた。

This Month Movie『空に聞く』

 東日本大震災の後、2011年12月10日に開局した「陸前高田災害FM」(2018年3月16日に閉局)。FM局で3年半にわたりパーソナリティを務めた阿部裕美さんは、震災後の町で、人々の話を聞き、その声を届けつづけた。映画は、彼女の活動を親密な距離で捉えながら、変わりゆく陸前高田の日常を映しだす。監督は、震災後に東北に移り住み町の風景や人々の暮らしを記録してきた、映像作家の小森はるか。静かな驚きに満ちた傑作ドキュメンタリー。

11月21日(土)よりポレポレ東中野ほかにて公開。
監督:小森はるか


旧作もcheck!

『息の跡』

 『空に聞く』と並行して撮影された本作が映すのは、陸前高田でたね屋を営む佐藤さん。その姿は現代の語り部として、私たちに驚くべき光景を見せてくれる。

metro213_movie_02.jpg監督:小森はるか
DVD:3800円
発売:東風
販売:紀伊國屋書店

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