劇中で、ある瞬間、牛の目が大きく映る。濁った牛の目に、もはや生気はない。その目に吸い込まれるように、マーク・ラファロ演じる弁護士ロブは、出口の見えない闘いへと、自ら足を踏み入れていく。
これは、アメリカで実際に起きた一企業による環境汚染問題と、現在も続く訴訟事件の物語。すべては牛から始まった。ある日、ウェストバージニア州で農場を営むウィルバーという男が、ロブを訪ねてくる。大手化学企業デュポン社の工場が垂れ流す廃水によって農地が汚され、190頭もの牛が不審死した、会社への訴訟に手を貸してほしい、というのがウィルバーの要望だ。
じつは、デュポン社はロブが勤める法律事務所の顧客。立場上、弁護は引き受けられないと一度は断ったロブだが、実際にその地を訪ね、死んだ牛の目を見た瞬間に彼は悟ってしまう。ここではなにか恐ろしいことが起きているのだと。
ロブは、まずデュポン社の内情を調べ始める。会社が廃棄した有害な化学物質は、大量に川や水道水に流されていたのではないか。化学物質は、ウィルバーの土地だけでなく、地域一帯とその住人たちにも大きな被害を与え、さらにその被害はアメリカ全土に広がっているかもしれない。恐るべき真相に気づいた彼は、さらに大きな闘いに挑む。
家庭も、自分の健康をも犠牲にして、ロブは仕事に没頭する。だが相手は誰もが知る大企業。悪質な妨害や隠蔽工作が行く手を阻む。ようやくつかんだ勝利も、敵の策略で、すぐに白紙に戻されてしまう。所詮、権力を相手にはなにもできないのか。そもそも自分はなんのために闘っているのか。無力感に打ちのめされたロブは、呆然と立ちすくみ、やがて崩れ落ちる。
それでも彼は立ち上がる。数え切れないほどの敗北と絶望も、彼を倒すことはできない。なにがこれほど彼を駆り立てるのか。正義感か、あるいは弁護士という立場ゆえの罪悪感か。わかるのは、あの澱んだ牛の目を見たときから、彼は自分のなすべきことを知ってしまった、という事実だけ。
暗い影が画面全体を支配する。その陰鬱さのなかで闘いつづける者の姿を、映画は執念深く描きつづける。闘いの先になにがあるのか。それを見つけ出すのは、私たち自身かもしれない。
膨大な資料のなかに埋もれるロブの姿は、この映画を象徴する名場面。
This Month Movie
『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』
1998年、オハイオで働く弁護士ロブは、見知らぬ農場主から、突然ある訴えを聞かされる。大手化学メーカーのデュポン社の工場から垂れ流された廃棄物によって、農場が汚染され、飼育する牛が大量死したというのだ。異変を感じ弁護を引き受けたロブは、調査を進めるうち、恐ろしい真相に気づいていく。実話をもとに、巨大企業との闘いに挑んだひとりの弁護士の姿を描く。
12月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開。
監督:トッド・ヘインズ
出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス
旧作もcheck!
『大統領の陰謀』
© 1976/Renewed ©2004 Warner Bros. Entertainment Inc. and Wildwood Enterprises Inc. All rights reserved.
ウォーターゲート事件の真相を暴いた実在の新聞記者らの闘いを描いた名作。
監督:アラン・J・パクラ
ブルーレイ:2619円
発売:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
販売:NBC ユニバーサル・エンターテイメント