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どこか狂気に満ちた人々が織りなす、不思議なほど清々しい群像劇《映画でぶらぶら》


 共感できる物語、感情移入しやすい登場人物とはなんだろう。『三度目の、正直』を見て、そんなことを考えた。この映画に出てくる人々はみな身勝手で、話す言葉はぎこちなく、共感などまったく抱けない。にもかかわらず、彼らのこわばった顔と言葉に、妙に心を惹きつけられた。

 『三度目の、正直』は、濱口竜介監督『ハッピーアワー』の共同脚本を手がけた野原位が監督した、初の劇場公開作。『ハッピーアワー』にも出演した川村りらが演じるのは、一度離婚を経験したあと、恋人の宗一朗と、彼の娘の蘭と三人で、家族のように暮らしてきた女性、春。

 かつて子供を亡くした経験のある春は、子を持つことにひたすら執着している。蘭が独り立ちしたのを機に宗一朗との関係が破綻した春は、ある日、記憶を失った青年と出会う。青年が自分の名前も、家族関係も覚えていないと知った春は、彼を「生人(なると)」と名付け、自分が彼の「母」になろうと申し出る。春の突拍子もない話を一度は拒絶した青年も、彼女の異様な迫力に気圧されたのか、「生人」として、彼女と暮らすことを受け入れる。

 母になることを求め、狂気ともとれる突飛な行動に出る女。そんな物語を、これまで数々の映画が描いてきた。正直なところ、そうした「母」の物語は、母性を神格化し利用しているようで居心地の悪さしか抱けない。でもこの映画では、決して子を求めて狂う女の話には陥らない。

 たしかに春は狂気の人ではある。でも自分の子を持ちたいという春の願いは、本当に彼女の内側から湧き出たものなのか、それとも社会や周囲からそう思わされてきただけなのか。ひとりの女性の生きざまを淡々と映すなかで、社会の歪みが浮かび上がる。

 春と生人の疑似親子関係は、やがて周囲の人々の関係にも波紋を広げていく。ラッパーをしている春の弟と、彼にひたすら尽くす妻との間には亀裂が生まれ、春の元恋人・宗一朗は新たな恋にのめりこむ。そして生人の前には、彼の過去を知る人物が現れる。

 誰もがみな、自分の欲望に突き動かされ、暴走する。そうしてあらゆる関係はバラバラにほどけていく。少しずつ狂っていく彼らが行き着く先には、けれど不思議な清々しさが待っている。

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春の弟・毅役を演じた、神戸出身のラッパー・小林勝行の怪演にも注目したい。

This Month Movie
『三度目の、正直』

 介護の仕事をしている春は、離婚を経験したあと、心療内科で働く宗一朗と同棲し、連れ子である娘・蘭を一緒に育ててきた。だが蘭の留学が決まると、二人の関係はあっけなく崩れてしまう。そんなある日、春は、記憶をすべて失った若い青年と出会う。子供を持つことを切望する春は、彼の親代わりになろうとするが…。『ハッピーアワー』『スパイの妻』の脚本を共同で手がけた野原位の監督作。

1月22日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて公開。
監督:野原位
出演:川村りら、小林勝行


旧作もcheck!

『こわれゆく女』

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© 1974 Faces International Films,Inc.

精神的に不安定になっていく妻と、その夫のやりとりを描いたこの映画の恐ろしい緊張感は、『三度目の、正直』にどこか通じている。

監督:ジョン・カサヴェテス
BD:4180円/DVD:2090円
発売・販売元:キングレコード

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