1928年生まれの女性監督ラナ・ゴゴベリゼの最新作『金の糸』が描くのは、79歳の小説家エレネが過ごす、一見単調な日々。けれど、そこから浮かび上がる壮大な世界に驚かされた。
足を悪くして以来、エレネは一日中家の中だけで時間を過ごしている。映画が製作されたのは2018年だが、家から出られず、外の世界とのつながりが途絶えていくエレネの日常は、コロナ禍の生活とも重なり合う。とはいえ、エレネは退屈などしていない。本を執筆し、ひ孫と遊び、大好きなテニスの試合をテレビで観戦する。中庭を挟んだ向かいの家の人々を見守るのも日課のひとつ。隣人とあいさつを交わし、喧嘩を繰り返す若いカップルの動向を観察する。その姿は、ヒッチコックの映画『裏窓』のジェームズ・スチュワートのようだ。
もうひとつ、彼女の最近の楽しみは、昔の恋人アルチルとの通話。それは、数十年ぶりに彼が電話をかけてきたことから始まった。伴侶を亡くし、家に閉じこもる生活になった二人にとって、この通話がデート代わりになっている。思い出を語り合い、ときに喧嘩をしながらも、彼らは流れた年月を確認し合う。
だが、娘の夫の母ミランダの突然の同居によってエレネの日常は乱される。ソ連時代に政府高官だったミランダと、政府に迫害された経験を持つエレネ。同じ家で過ごすうち、二人の分断が徐々に明らかになる。かつてこの国になにが起きていたのか。なにが自分たちを傷つけたのか。記憶をたどるなかで、彼女たちが抱えるものがそれぞれに浮き上がる。過去は美しいだけではない。痛ましい悲劇があり、乗り越えられない対立がある。
どれほど時間が経とうと、過去の痛みを忘れることはできない。それでも、エレネ、アルチル、ミランダ、三人の記憶が交わるなかで、抱えていた痛みと悲しみ、憎しみがゆっくりと昇華されていく。そのとき、この小さな部屋に、時空を超えたなにかが生まれる。
過去の重荷を抱えた人々の解放の物語。ここには、年月を重ねた人々にしか表現できない神々しさがある。なにより、限られた場所からこれほど豊かな作品が創造されたという事実に感動した。映画はどこまでも自由に世界を描けるのだと、改めて教えられた。

映画の主な舞台となるエレネの部屋。細部にまでこだわった美しい内装はじつに見事。
This Month Movie
『金の糸』
ジョージア、トビリシの旧市街にある古い家で、作家のエレネは娘夫婦とひ孫と暮らしている。79歳のエレネにとって、この家は生まれたときから住んできた大事な場所。だがそこに、娘の夫の母ミランダが引っ越してくる。ミランダとの望まぬ同居、そして昔の恋人アルチルからの数十年ぶりの電話によって、エレネは遠い過去を振り返っていく。ジョージアを代表する女性監督が91歳で完成させた人生の物語。
2月26日(土)より岩波ホールほかにて公開。
監督:ラナ・ゴゴベリゼ
出演:ナナ・ジョルジャゼ、グランダ・ガブニア
旧作もcheck!
『インタビュアー』

ジョージア初のフェミニズム映画と言われる1978年公開の作品。ぜひ『金の糸』と併せて見てみたい。
監督:ラナ・ゴゴベリゼ
2月25日(金)まで岩波ホールで開催される「ジョージア映画祭2022」にて上映。