2024年に公開されるヒューマンミステリーに、心の奥まで響くロマンティックなストーリー、生き抜く勇気をもらえるドキュメンタリーまで。製作国もジャンルもさまざまに、映画ライターの月永理絵さんが厳選。外国映画との出会いを、心ゆくまで楽しんでほしい。
31年ぶりに届けられた待望の新作。
長いこと心待ちにしていた映画とついに出会えた。来年2月に公開される『瞳をとじて』。ビクトル・エリセ監督が新作長編を発表するのは、なんと31年ぶり。寡作で知られる監督とはいえ、これだけの時間を経ていったいどんな作品を手がけたのか。ドキドキしながら見終えたあと、想像以上の力強さに言葉を失った。
『瞳をとじて』は、映画づくりをめぐる物語だ。冒頭、ある映画の一場面が引用され、この作品に主演した俳優フリオが撮影中に失踪し、映画は未完に終わったこと、それを機に本作の監督であるミゲルもまた映画の道から遠ざかっていたことが示される。だがそれから数十年が経ったいま、ミゲルは突然過去へと引き戻される。あるテレビ番組がフリオの失踪事件の謎を追いはじめ、その取材を受けることになったのだ。
フリオはなぜ突然姿を消したのか? 彼はいまも生きているのか? 謎を追ううち、ミゲルは自ら封じ込めていた過去を掘り起こしていく。親友だったフリオとの関係。二人でつくろうとした映画のこと。フリオのたった一人の娘。そしてミゲル自身の悲しい過去。誰もが大きな喪失感を抱え、過去と現在の間で立ち尽くす。だが次々に浮かび上がる記憶の渦が、やがて人々を思いもかけない場所へと連れていく。そしてただじっとスクリーンを見つめつづけるうち、私たち観客もまた、想像もしなかった場所に誘われる。これは紛れもない傑作だ。
©2023 La Mirada del Adiós A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.
2024年公開
『瞳をとじて』
『ミツバチのささやき』や『エル・スール』で知られるスペインのビクトル・エリセ監督の新作。ある俳優の失踪事件の謎を追うミステリーとして始まった物語は、やがて映画とは何か、という問いに行き着く。『ミツバチのささやき』に主演したアナ・トレントの出演も話題に。
2月9日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
監督:ビクトル・エリセ
ロマンティックな関係性を描いた映画。
アキ・カウリスマキ監督の6年ぶりの新作『枯れ葉』も待望の映画。監督は前作のプロモーション中に引退を宣言しファンを悲しませたが、その宣言をあっさりと撤回。驚きながらも、再び彼の映画を見られることがとにかくうれしい。常に市井の人々のドラマを描きつづけてきたカウリスマキ監督らしく、こちらもフィンランドで働く労働者の男女の物語。二人はある日偶然出会い、恋に落ちる。だが周囲には、現実の過酷さが見え隠れする。不況と貧困。すぐ近くで起きている戦争。男の抱えるアルコール依存症。すれ違いと衝突を繰り返しながら、どこまでも愛を信じようとする彼らに、胸が熱くなる。
ケリー・ライカート監督の『ファースト・カウ』も、偶然に出会った二人の親密な関係を描いた映画。舞台は西部開拓時代のアメリカ、オレゴン州。料理人のクッキーと中国人移民のキング・ルーは、この地に初めてやってきた一頭の牛に目をつけ、その乳を盗みドーナツづくりでひと儲けをしようと思いつく。腕力がものをいう男社会の中で、これまでずっと他人から見下されつづけてきた二人は、甘いドーナツによって絆を結ぶ。互いを思いやる男たちの関係はじつにロマンティック。
©Sputnik Photo: Malla Hukkanen
2023年公開
『枯れ葉』
理不尽な理由で失職したアンサと、工事現場で働きながら酒に溺れていくホラッパ。二人は出会った瞬間に恋に落ちるが、その関係は不運にもすれ違いつづける。ヘルシンキを舞台に描かれる、カウリスマキらしさがあふれるラブストーリー。
12月15日(金)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー
監督:アキ・カウリスマキ
©︎2019 A24DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
2023年公開
『ファースト・カウ』
アメリカのインディーズ映画界では著名ながら、じつは日本での劇場公開はこれが初めてとなるケリー・ライカート監督。西部開拓時代のアメリカ・オレゴン州を舞台に、一頭の牛と、その牛乳でつくるドーナツを通して、男たちの親密な友情が描かれる。
12月22日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
監督:ケリー・ライカート
勇敢な女性監督たちが紡ぐ
新たな物語。
パンデミックを経験して以降、身近な場所から小さな一歩を踏み出す物語に、より惹かれるようになった。ジョージアのラナ・ゴゴベリゼ監督が91歳にして発表した『金の糸』は、79歳の作家エレネが振り返る記憶の物語。足を悪くして以来、外出が難しくなったエレネだが、過去の記憶を手たぐりよせ、それを紡いでいくことで、彼女の心は外へと飛び出し、国や時代をも超越していく。どんな場所にいようと、人は想像力によってどこまでも飛んでいける。この映画は、私たちに世界の新たな見方を教えてくれる。
韓国のシン・スウォン監督の『オマージュ』は、興行成績がふるわず新作をつくれずにいる映画監督ジワンがたどる物語。1960年代に活躍した女性監督の映画の修復作業を手伝うことになったジワンは、失われたフィルムを探すうち、男性が牛耳る世界で女性の映画人たちがどんなふうに働いてきたか、その過酷な歴史を知ることになる。ある女性が踏み出した一歩は外から見れば小さなものに過ぎない。でもその一歩によって前進できる誰かがいる。これは、そんな勇敢な女性監督たちの物語だ。
©️3003 film production, 2019
2022年公開
『金の糸』
ジョージアを代表する女性監督ラナ・ゴゴベリゼ監督が、日本の「金継ぎ」に着想を得てつくりあげた。娘婿の母親との望まぬ同居、そして昔の恋人からの数十年ぶりの電話によって、79歳の作家エレネは遠い過去を振り返る。追想と赦しの物語。
U-NEXTほかにて配信中
監督:ラナ・ゴゴベリゼ
©2021 JUNE Film. All Rights Reserved.
2023年公開
『オマージュ』
映画監督としてデビューしたが、興行成績がふるわず行き詰まったジワン。家で夫と息子の世話に追われていたある日、バイト感覚で引き受けたある映画の修復作業が、彼女の新しい道を切り開く。女性映画人たちの苦難の道のりを知る。
U-NEXTほかにて配信中
監督:シン・スウォン
世界の現状を映し出す
ドキュメンタリー。
最後に、2本のドキュメンタリー映画を紹介したい。アリス・ディオップ監督の『私たち』は、フランス郊外に住む人々にカメラを向けたドキュメンタリー。彼らの語る声に耳を傾けるうち、フランスという国の隠された一面が見えてくる。社会の周縁で生きる人々を見つめ、その痕跡を映画の中に刻み込もうとする、ディオップ監督の強い意志に心打たれる。
スハイブ・ガスメルバリ監督『ようこそ、革命シネマへ』が映すのは、スーダンの街から姿を消した映画館を復活させようと奮闘する、4人の老人たち。じつは彼らは、政府による弾圧などで長年映画制作の機会を奪われてきた映画作家。その活動をたどるうち、国によって翻弄された苦難の人生が浮かび上がる。この映画が公開されたあと、スーダンでは2021年に軍事クーデーターが発生し、いまも情勢不安が続いている。現実の残酷さに打ちのめされそうになりながら、それでも、映画の力を信じつづけた老映画作家たちの深い友情に、一筋の光を見いだしたい。
Sylvain Verdet /Totem Films
2023年公開(特別上映)
『私たち』
『サントメール ある被告』のアリス・ディオップ監督が、フランス郊外に住む人々にカメラを向け、その語りを紡いでいくドキュメンタリー。移民の人々の語る半生や、監督自身の家族の話など、無数の声が重なり物語が生まれていく。
2024年1月、東京日仏学院 エスパス・イマージュにて上映予定
監督:アリス・ディオップ
©AGAT Films & Cie–Sudanese Film Group–MADE IN GERMANY
Filmproduktion–GOÏ-GOÏ Productions–Vidéo de Poche–Doha Film Institute–2019
2020年公開
『ようこそ、革命シネマへ』
村を回り、映画の巡回上映を続ける4人の老映画作家たち。軍事政権下で衰退した自国の映画産業を憂えた4人は、映画館「革命シネマ」の復活に奔走。政治によって破壊された人生を振り返りながら、映画への深い愛と友情に心打たれる。
Amazonプライムほかにて配信中
監督:スハイブ・ガスメルバリ
映画ライター
月永理絵さん
編集者・ライター。『映画横丁』編集人。書籍、雑誌、映画パンフレットの編集・執筆を手がける。「CREA.web」にて映画の新作レビュー連載が始まりました。月1連載ですのでぜひご覧ください。
2020年代の映画を楽しむために。
あの名作シリーズもWOWOWで!
「パラマウント・ピクチャーズ」の配信サービス「Paramount+」が、12月からWOWOWオンデマンドで視聴できるように! 外国映画の超大作や目が離せない海外ドラマシリーズ、アメリカで人気のリアリティ・ショーまで、さまざまな作品を順次配信予定だ。WOWOWオンデマンドで、もっとエンターテインメントを楽しもう。
©1996 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.MISSION: IMPOSSIBLE™ IS A TRADEMARK OF PARAMOUNT PICTURES.ALL RIGHTS RESERVED.
『ミッション:インポッシブル』シリーズ
スパイ組織IMFに所属する主人公と彼が率いるチームの任務遂行を描く、スパイアクションムービー。7月に前編が公開され、2024年に後編が公開予定。この続編2部作をさらに楽しむために、シリーズを見返そう。
©2022 Paramount Global
『トップガン』
米海軍航空基地にあるエリートパイロット養成校「トップガン」を舞台に、若手パイロット・マーヴェリックとその仲間たちの日々を描くアクション大作。昨年5月に公開された、36年ぶりとなる続編も見逃せない。