読者はおもしろい本を読みたいと思い、著者や書店も届けたいと願っている。そんな気持ちがあるからこそ、いろいろな本の届け方が考案され、そしていまや、その方法はとても多様なものに。本好きとしては、とてもありがたい状況です。そんな届け手たちの創意工夫(と奮闘)をご紹介します。ぜひ楽しみながら、運命の1冊との出会いをさがしてみてください。
小説家の本谷有希子さんとコトゴトブックス店主の木村綾子さん。
本のつくり手と、届け手の2人が、本の届け方について対談をした。
作者と読者の
新しい関係性を探って
本谷:昨年末にやっとSNSを始めたんです。それまではあえて、距離を置いていたんですが、いまって作家の発信が本の売り上げに大きく影響したりもするじゃないですか。書いたからには、たくさんの人に読んでもらいたいし、より多くの人に作品を届けるためにはSNSが苦手とか言っていられないと思ったんです。そしたら始めた2日後に、木村さんからDMがあって(笑)。
木村:オンライン書店「コトゴトブックス」で本谷さんの新刊『セルフィの死』を取り扱わせていただきたいと思っていたときに、SNSを検索していたら、本谷さんのアカウントが見つかって。すぐに連絡させていただきました。
本谷:SNSをやるって、こういうことなんだなと人とつながって世界が広がっていく感覚がありましたね。メッセージには「『セルフィの死』をどうやって売るのがいいのか一緒に考えましょう」とあり、作家とともに考えた特典を添えて本を売るスタンスもすごくおもしろいと思って。作家と一緒になって本を届けていくという、コトゴトブックスのアイデアは、どこから生まれたんですか?
木村:かつて私は、おすすめする本を雑誌やテレビなどのメディアで広く発信していましたが、情報の届け先が広すぎて、一体誰に届けているのだろうと疑問に思うようになってしまって…。もっと顔の見える範囲で、相手の反応を見ながら本を届けていきたいと思うようになり、リアル書店の「B&B」で働くことにしました。ただ、そこでも悩みがあって…。
本谷:たとえば?
木村:「B&B」は365日、毎日イベントを行う書店だったんですが、だからこそ私自身が一冊一冊に向き合える時間も十分に取りづらい。それに、著者の中には人前で話すことが得意ではない方もいます。それで、作家や編集者といった本のつくり手と読者とをつなげるハブとして、本を丁寧に届ける活動をしたいと思うようになったんです。
本谷:コトゴトブックスで『セルフィの死』を売っていくにあたり、購入者特典として対談か読書会をやろう、という提案をしてくれましたよね。
木村:そうですね。作品によっては物語の世界を拡張してオリジナルグッズをつくることもあります。
本谷:読書会はおもしろそうだなと思いました。読者がどんな感じで私の本を読んでいるのかを聞ける貴重な機会だし、読者と直接コミュニケーションできることが私にとってすごく新しいことだったんです。
木村:読書会は参加者に本の感想や話してみたいテーマなどについて事前アンケートを取り、本番では準備した資料をもとに進めます。普段は私が進行役ですが、本谷さんの読書会では気づけば本谷さんご本人が仕切ってくださって。
本谷:「アンケートに書いてあったことについて、もう少し教えてもらっていいですか?」とか、黙っている人がいたら「いまどんなことを考えているんですか?」とざっくばらんに聞いたりして。
木村:それで参加者のギアが入りましたよね。興奮が伝わってきました。参加者の方はたとえ黙っていたとしても、ちゃんと何かを考えている。読書会の後にはお手紙で感想を募るのですが、毎回すごい数が集まります。ミュートで参加していた方も読書会の時間を踏まえて、もう一度自分の考えを言語化して伝えてくださいます。
時代の変化とともに
本の売り方も多様であっていい
木村:これだけ時代が変わったので、本のあり方も、そろそろ変わってくる予感がするんですよね。書いて物理的な本にして書店で売る。それだけではない気がするんです。もっと可能性があるんじゃないかと。本の価値を高めるためには流通方法を変えればいいのか、本そのものをもっと違う形にすればいいのか…私自身も模索中です。『セルフィの死』は本谷さんの手で舞台化もされました。舞台を見た人は作品の別の側面も楽しめるじゃないですか。たとえばそんなふうに、作品のテキストを核に、いろいろな展開をする。なんかワクワクしますよね。
本谷:たしかにそうかも。始めから本になった先まで考えて、作品を書いてもいいかもしれない。物語のワンシーンの空間をつくり、芝居をしているところに読者が参加できる特典なんかも考えたことがあります。
木村:それもおもしろそう!
本谷:ただやっぱり、作家が本の販売に関することも考えないと生き残れない時代になっているのは、ちょっと危うい気もします。それだと結局、宣伝の上手い作家しか生き残れないかもしれないじゃないですか。そもそも作家って、社会的に不器用な人が多かったりするし、だからこそ、すごい作品を書けるという側面もある。そういった作家のためにも、木村さんのように、作家と読者をつなげるハブになってくれる人は大切な存在だと思います。
木村:ありがたいお言葉ですね。これからは本のつくり方も、従来の出版業界の形にとらわれず、もっと自由になっていく可能性があると思います。たとえば、書店が自由に装丁をつくれるとか、出版権みたいなものを作家が販売するとか。その本を傑作だと思った書店は豪華な装丁にして1万円で売ったり、買いやすい簡易的なバージョンもつくったり。
本谷:それはおもしろいですね、いろんな装丁の本を集めたくなります。
木村:あの書店では『セルフィの死』をどんな形で売っているんだろうとワクワクもできるし。版権を出版社が独占する従来のやり方を超えて、もっと自由にみんなで物語で遊べたら、本はもっと楽しくなるのではないでしょうか。
本谷:デザインも装丁も全部作家が決める「作家バージョン」の本があれば、いちばん売れるかな?木村さんと一緒に、本のデザインから装丁、読者に届けるところまで、全部やってみたいですね。
木村:それ、おもしろそうです。一緒に本をつくって、いま注目の「文学フリマ」に出店するのはどうですか?
本谷:いいですね、ぜひやりましょう!
本谷有希子( 小説家)
YUKIKO MOTOYA
劇作家・小説家。2000年に劇団を旗揚げし、劇作家としては岸田國士戯曲賞を、小説家としては芥川龍之介賞などを受賞。昨年末に上梓した『セルフィの死』では、SNSと承認欲求に翻弄される女性を描き、小説の一部は彼女のXアカウントでも読むことができる。
『セルフィの死』本谷有希子 著
1700円(税別)新潮社
木村綾子( コトゴトブックス)
AYAKO KIMURA
コトゴトブックス店主。好きが高じて、モデルから書店員へ。その後、企画職などを経て2021年にオンライン書店&出版社の「コトゴトブックス」を立ち上げる。月に取り扱う書籍は10冊程度に絞り、著者と読者をつなぐ存在として、1冊1冊を丁寧に届けている。
COTOGOTO BOOKS
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