illustration: Yu Fukagawa

嫌なことに心を明け渡さない《お多福美人講座》


 嫌なこと、不安なことなどがあると、それで心がいっぱいになることがあります。芸者時代、ある方に理由がわからないままお叱りを受けたあと、「おぼえてなさいよ」と電話を切られたことがありました。その日は置屋のお姉さんが、あることのご褒美で私をオペラと京都へ連れて行ってくださる日だったのですが、電話のあとは、悲しみと恐怖で体が冷たくなり、楽しみな気持ちは跡形もなくなっていました。何を見ても、食べても、喋っても、そのときの私には、どんな価値のあるものも素通りでした。はじめは同情してくれていたお姉さんも、途中からは「いい加減にせい!」という気分だったと思います。

 お姉さんは、「今、別にその人がここにいるわけじゃないんだから、楽しまなくちゃ損よ」と何度も言ってくださったのですが、どうしても気持ちを切り替えられませんでした。

 それ以降、どうしたら心を嫌なことに明け渡さずに済むかいろいろと試しました。そんななかで一番しっくりきたのが、「今目の前にあることを大切に、もったいないことをしないように」という考え方。湯気の立ち上るバスタブ、気持ちいい風、肌触りのいい寝具…。そういうものに恩恵を受けているときには、ちゃんとそれを感じる。今目の前に起こっていないこと、目の前にいない嫌いな人のことではなく、好きなこと、心地いいこと、好きな人のことで心をいっぱいにする。突き詰めれば、「楽しまなくちゃ損」と同じことなのですが、切り口を変えたことで、心の景色を変えやすくなり、またその考えをするようになってからは、心地いいことをすることが立ち直りにひと役買うようになりました。そのとき味わわなければ、何もしなかったのと同じ。どうしたら自分の心の景色がよくなるかを試して、知って、落ち込んだときも自分の味方でいられますように。

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