Text=TAKUMI OKAZAKI Photography=YUYA SHIOKAWA

東京メトロ[有楽町線]第3回 新富町[Tokyo Pocket 〜マイ・サードプレイスを探して〜]


 喧騒の街の隙間には、小さな「ポケット」のような空間がある。昼休みのひととき、あるいは週末の静かな時間に気持ちをリセットできる、東京メトロ沿線のさまざまな穴場スポットへ。


「一冊」と出会う小さな書店。

 銀座の華やかな街並みと、築地市場の熱気がゆるやかに交わる場所に、新富町はある。明治のはじめ、劇場「新富座」が開業したことをきっかけに人が集まり、職人や商人が暮らしはじめたという。観光客で賑わう銀座とは違い、もっと生活の匂いのする街として、静かに形づくられていった。

 その空気はいまも変わらず残っている。大通りから一本入れば、古い看板建築のあいだから、控えめながら個性的な店が顔をのぞかせる。

 最初に訪れたのは〈森岡書店〉。週替わりで「一冊の本だけ」を扱うブックギャラリーだ。期間中は、その本にまつわる写真やアートが展示され、著者や編集者によるトークイベントが開かれることもある。店主が選んだ〝たった一冊〟と、静謐な空間でじっくり向き合う時間。選択肢の多さに慣れた私たちにとって、それはむしろ贅沢な体験だ。新たな本と出会う喜びを感じるたび、「また来週も来よう」と思わせてくれる。

 そこから少し歩き、ガラス張りの外観が印象的な〈TERON COFFEE Shintomicho〉へ。明るい自然光が差し込む店内は、オフィス街の喧騒から少し離れた、都会のオアシスのようだ。店員との会話を楽しむ人もいれば、静かにパソコンに向き合う人もいる。1号店は銀座にあるが、ここは2号店。「銀座ではお店を回すのに精一杯。だからこそ新富町では、もう少しゆったりと、人と街がつながる店にしたかった」と店主の鈴木さんは話す。毎週水曜には「そらマルシェ」が開かれ、パン屋やジュエリーショップが並ぶという。フルーティな香りのコーヒーを味わいながら、次は水曜日に来てみようと思った。
 

華やかさと活気のあいだ。

 最後に向かったのはフレンチレストラン〈ニコラ・シュヴロリエ〉。フランス・ボルドーから25年前に来日したシェフが、着物姿の奥様と2人で営む、カウンター10席の小さな店だ。フレンチの基本を大切にしつつ、日本各地の旬の食材を生かしたコース内容は月替わり。「フォアグラあげだし豆腐」など、和の感性が織り込まれた定番メニューには、シェフの日本への深い愛情がにじむ。

 メイン料理はボリュームがあり、〆にはパスタやリゾットが提供される。フレンチでここまで満腹になれるのは、ちょっと珍しい。穏やかな笑顔でもてなす奥様の存在も、この店の魅力のひとつだ。ワインを傾けながらシェフの手さばきを眺めていると、まるで誰かの家に招かれたような安らぎがある。

 銀座の華やかさ、築地の活気。そのどちらにも染まらず、等距離を保つようにして、新富町は静かに佇んでいる。観光客の姿は少なく、派手な宣伝もない。その分だけ、ゆっくりと、確かなこだわりをもって営まれる店がある。
 「新富」という名に込められた〝新しい富〟とは、きっと派手な贅沢ではなく、静かに食べ、暮らし、働くことの豊かさのこと。控えめに光るその価値こそ、この街のいちばんの個性なのだと思う。

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シャープな高層ビル群と、古い看板建築が混在する。新旧の対比が際立つ新富町。

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新富町から徒歩5分の築地本願寺。
街に独特の落ち着きと威厳をもたらしている。


1. 
森岡書店

住:東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1F
営:13:00〜19:00
休:月曜
@moriokashoten

茅場町で書店を営んでいた森岡さんが、「一冊の本を介したコミュニケーションの現場」を作ろうと思い立ち、2015年に開業。展示される「一冊」は毎週変わり、一期一会の体験を提供する。1929年築の鈴木ビル1階にあり、趣のある外観も魅力。

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2.
TERON COFFEE Shintomicho

住:東京都中央区新富1-12-12
営:8:30〜18:00
休:土・日曜
@teron_shintomi

オーナーの鈴木さんが「誰もがいつでも帰って来れるあたたかい場所」を目指して2024年にオープン。足繁く通うお客さんも多く、常連客がイベントを企画することも。クリエイティブユニット「ooc」が手がけた独創的な内装デザインも見事。

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3.
ニコラ・シュヴロリエ

住:東京都中央区新富2-4-3 Axis銀座東1F
営:11:30〜15:00、18:00〜22:00
休:水・木曜
@nicolaschevrollier

恵比寿ウェスティンなどで活躍し、“フォアグラの魔術師”として知られるニコラ氏が、日本各地の食材を生かした創作フレンチを届ける。フォアグラムースと砂肝のコンフィを合わせたサラダ「ニコラの森」は、季節を問わず提供される定番の一皿。

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