京都を拠点に国内外に壁画やびょうぶを制作する壁画絵師のキーヤンこと木村英輝さんが、大阪・心斎橋にオープンする居酒屋にコイを描いていると聞いて、見に行きました。
キーヤンと妻、知位子さん、武田修二郎さん、西嶋佳代さんからなる「チームキーヤン」は8月下旬、横浜にある世界の民芸品やフォークロア雑貨を取り扱う会社のオフィスに36頭の赤いゾウを描いたばかり。京都に戻って休息もつかの間、28日から制作に取りかかりました。
今回の壁画は、大阪市・心斎橋の繁華街にあるビルの2階に11日にオープン予定の居酒屋「いっ鳥いっ舌(いっちょういったん)一ノ助」の店内です。オーナーの倉重公一さんは数カ月前、夕方のニュース番組でキーヤンが描いたコイを紹介していたのを目にして、「これだ。これを描いてもらおう」とひらめいたそうです。
コイはキーヤンが得意とするモチーフの1つで、これまでに約2000匹を描きました。2012年には「マツダスタジアム」(広島市南区)のライト側コンコースにある縦4・5メートル、横60メートルの壁面に真っ赤なコイ108匹を描きました。また、京都・室町の老舗帯問屋「誉田屋源兵衛(こんだやげんべい)」(京都市中京区)の創業270年を記念して08年に制作し、7月の祇園祭に合わせて店先に飾られるコイの巨大タペストリーは毎年1匹ずつ描き足され、現在278匹のコイが踊ります。
黒い壁にコイを描くのは初めてだそう。店内を回遊しているように見えます
「誉田屋源兵衛」に毎年7月の祇園祭のときにだけ飾られるコイの巨大タペストリー
「ここ(制作現場)に来るまであまり考えないで無手勝流できてる」とキーヤン。「こんな絵を描いて、こういう世界を描いてと考えたらガチガチになってろくなことがない」といいます。流れにまかせいつもあくまでも〝自然体〟なのです。
そして、いつも最も慎重になるのがモチーフを飛ばす方位です。「戌亥(いぬい・北西)と辰巳(たつみ・南東)にワーッと向かっていくように描いている。そうしたらその店はだいたいうまくいってるな」とキーヤン。まさに福を呼ぶ壁画です。それをうれしそうに聞いていた倉重さんに「験(げん)を担いで絵描いてもろたからといって、商売がうまくいくと考えたらあかんで。助けられるかもしれんが、いい料理作って頑張らなあかん」とクギを刺すことも忘れませんでした。
店内の壁の半分は黒いので、今回はマゴイは描きません。赤い36匹のコイが辰巳の方向に向かって泳ぎ出しました。「1匹当たりウロコが35、6枚。ウロコを描かへんかったらコイにならへんからなあ。それが結構大変なんや」とつぶやきました。ウロコの金の縁取りは細かく、色付作業は煩雑そうです。完成までもう一歩という状態を見た倉重さんは「想像以上です。お願いしてよかった」と興奮気味に話していました。
記者が訪れた31日には、キーヤンの京都市立美大(現京都市立芸大)時代の同級生の男性も見学に来ていました。大学卒業後はロックのイベントプロデューサーとして名をはせ、還暦を前に突如絵筆を握り始め、今も精力的に壁画を描き続けるキーヤンを見て、男性は「こういう仕事をしているなんて美大の同級生の中では一番幸せだな」とつぶやきました。
助っ人として作業に参加した元満みずほさんも手慣れた様子で色付を進めていました