山盛りのフルーツとビスケットが並んだおいしそうなタルトに見えますが、実はこれは下駄です。ビスケットは軽量粘土、イチゴとオレンジは樹脂粘土などでできています。作品名は「GETARTE」(ゲタルト)。下駄のタルトといったことろでしょうか。かたや、花が敷き詰められた人工芝の下駄「フラワーシャワー」もあります。
これらは、下駄(げた)アーティスト、鈴木千恵さんの新作です。下駄とは思えない斬新なデザインとビビッドな色合いで、履物というよりアート作品のようですね。いずれも下駄として履くことができます。鈴木さんは「実用的な下駄を買いに来てくださる方に、見て楽しめるものを提供したい。いわばアイキャッチ的な要素を求めて作り始めました」と明かします。2010年の制作開始からこうした〝アート下駄〟は15足に上るということです。

人工芝の上に花が敷き詰められた下駄「フラワーシャワー」

もちろん制作の大半は実用的な下駄です。最近盛んに作るのはネコをモチーフにしたもの。土俵入りしたネコ力士が賞品のマグロを見て大興奮する姿や、4年前から自宅兼仕事場で飼っている愛猫「もずく」と「お結び」をモデルにしたものなど、全230種類ある図案のうちネコの絵柄だけで約50種類を占めるそうです。
鈴木さんの下駄には大きな特徴があります。鼻緒で絵が部分的に隠れるのを避けるため、かかとをメーンにデザインしています。2匹の愛猫は左右のかかとに仲良く並んで描かれています。左右一対をキャンバスに見立てて大胆に描くこともあり、時には下駄の側面も使います。
1カ月に平均20足を制作します。図案をもとに鉛筆で下書きして、銀や黒で輪郭を描いてから着色しています。一般の下駄は色を塗るとベタッとした印象になりますが、鈴木さんの下駄は着色した後に木目が透けて見えて、透明感があるのが特徴です。

最近好んで作るネコをモチーフとした下駄。前列左が鈴木さんの愛猫「もずく」(左足)と「お結び」

鈴木さんは、昔から塗り下駄の産地として栄えた静岡市に生まれました。子供のころから好きな画家の絵を模写したり自由な発想で描いたりすることが好きだったといいます。高校卒業後はインテリアの専門学校へ進み、靴メーカーに就職して、約3年間、靴の企画やデザインを担当しました。
そして「一から靴作りの勉強をしよう」と、退社して靴作りの学校を探すために訪れたロンドンの町で、運命を変える出来事に出合いました。靴の高級ブランド店に日本人女性が群がる光景を目の当たりにしたのです。「海外で勉強したい自分も〝海外〟というブランドがほしいだけなのでは」。そして、「日本には昔から下駄がある。下駄で何か面白いものができるのでは」とひらめきました。24歳のときのことです。
下駄職人の展示会に赴き、静岡の郷土工芸品に指定される「駿河塗下駄(するがぬりげた)」の名人、佐野成三郎さんに半ば押しかけ的に弟子入りしました。このとき下駄に関する知識はほとんどなかったといいます。
転機は2008年。作品が世界的デザイナーの森英恵さんの目にとまり、東京・表参道の森さんのオープンギャラリーに展示されたのです。翌09年には水戸芸術館で開催された「手で創る―森英恵と若いアーティストたち」という企画展にも参加しました。それを機に仕事をやめて下駄作り一本の生活に入ったといいます。
「サンダルの代わりに洋服で気軽に下駄を履いてもらいたい。それを目指して洋服にも合うデザインを考えています」。「世界的に有名なファッションショーで私の下駄を使ってもらえたら」と目を輝かせます。

下駄アーティストの鈴木千恵さん。着用している着物風チュニックも買ってきた古着を作り直しました
「鈴木千恵新作展」は、東京都渋谷区千駄ヶ谷5−24−2の新宿高島屋11階呉服売り場(問い合わせは☎03・5361・1111)で12日(火)まで。20日(水)~25日(月)は名古屋市中村区名駅1-1-4のJR名古屋高島屋10階催会場(問い合わせは☎052・566・1101)で開催されます。