読み心地のよい文章。それでいて人間社会の表しがたい「しんどさ」が浮かび上がってくる。登場人物は皆「しんどさ」に揉(も)まれ、そこから自由になることを願いつつ、流れるように生きている。その姿に不思議と励まされる短編集だ。
川端賞の「給水塔と亀」は定年を機に故郷に帰ってきた男が主人公。幼い頃によく見上げた給水塔を前に、こう述懐する。〈帰ってきた、と思う。この風景の中に。私が見ていたものの中に〉。記憶の景色に、今の自分をゆだねるのだ。彼の人生の再出発は、流れるうどん(冒頭に印象的な描写がある)のように身軽に感じられる。
「うどん屋のジェンダー、またはコルネさん」も秀逸だ。うどん屋の店主は、女性客には世話を焼くが、男性客には話しかけない。