喧騒の街の隙間には、小さな「ポケット」のような空間がある。昼休みのひととき、あるいは週末の静かな時間に気持ちをリセットできる、東京メトロ沿線のさまざまな穴場スポットへ。
クラフトマンシップの息づく街
上野や浅草といった大きな街の近くにありながら、のどかな時間の流れる街、入谷。下町らしい雰囲気の残る街並みを歩くと、入り組んだ路地や古い建物の風情に心打たれる。手元の地図アプリに頼らずに、感覚だけで散策してみるのが、この街には合っているような気がする。
町工場や印刷所などが点在し、今もその風景が色濃く残る台東区。建物だけが残り、用途が変わったとしても、どこか「つくる」場所として受け継がれていることが多い。入谷もまた例外ではなく、そうしたクラフトマンシップを感じられる一軒が存在する。
国産の高品質な革靴を取り扱うセレクトショップ〈THE ZINE FOOTWEAR CLUB〉には、限られた営業日を狙ってファンが足を運ぶ。「国内外問わず、職人的なものづくりに惹かれる人が多い印象です。アパレル店の多い上野のアメ横や、本格的な調理器具も揃う合羽橋も近いので、ハシゴして買い物されるお客様もいますよ」とオーナーの鈴木さん。職人の手作業で仕立てられる上質な革靴は、ぴったりと足に馴染むように店頭で足の採寸から行い、一人ひとりに合ったサイズを提案してくれる。時間を重ねるごとに、持ち主の一部になっていくような一足に出会えることだろう。
どこからどこまでが入谷か
入谷の交差点を渡り、下谷方面に向かう途中で目に入った〈イリヤプラスカフェ〉へ。古民家をリノベーションした店内は、広々とした心地よい空間が広がり、形や材木の異なるテーブルや椅子がゆったりと配されている。好きな席を選び、注文した「レモンヨーグルトパンケーキ」が到着するまで、本を読む。せかせかと急がない時間が、穏やかに流れる。ふわふわのパンケーキにナイフを入れ、ひと口運べば、至福のひとときが完成する。ニューヨークのカフェ文化に思い入れのあるオーナーによるこの店は、肩の力を抜いて過ごす時間の心地よさを教えてくれる。
徒歩数分圏内にある〈レボン快哉湯〉もまた、同じく古い建築を受け継ぎ、街の記憶を今に伝える場所のひとつだ。奥は建築設計事務所、手前はカフェスペースになっており、空間のユニークな構成が印象的だ。入口の下駄箱や富士山のペンキ絵などに、かつて銭湯として親しまれていた面影を感じる。レジ横の壁には、この街を歩いて楽しむ人のために、見どころがイラスト付きで紹介されたマップも貼られている。眺めているうちに、次の目的地へと足を運びたくなる。
初夏の風に誘われて、いつのまにか「うぐいす通り」の三叉路までやってきた。先刻の手書きマップにも掲載されていた老舗煎餅店〈手児奈せんべい〉だと気がつき、中を覗く。奥から出てきた店主に「入谷」のことを聞いてみると「ここは正確には根岸だよ」と返ってきた。外からやってきた我々は、東京メトロの入谷駅周辺のスポットを「入谷」と捉えているが、もともと根岸、下谷、入谷……と町名があり境界がある。地元の人にとっては当たり前の区分も、外から来た者にはどこか曖昧に映る。そのズレもまた、この街の面白さなのかもしれない。

三叉路の角にある〈手児奈せんべい〉。趣のあるガラスのショーケースにさまざまなせんべいが並ぶ。


入谷周辺エリアは、古くからの静かな路地裏(小道)が数多く残る。入り組んだ道に入ると、生活の色がにじみ出るような風景に出会う。
1.
THE ZINE
FOOTWEAR CLUB
住:東京都台東区下谷1-12-23 1F
営:木金14:00〜18:00/土日13:00〜18:00
休:月〜水曜
「BROTHER BRIDGE」「SURE BOOTS」「MILLE STADION」などの上質靴ブランドの直営セレクトショップ。 工場をもつブランド公式店舗ならではのアフターサポートも充実している。



2.
レボン快哉湯
住:東京都台東区下谷2-17-11
営:平日12:00〜18:00 土日10:00〜18:00
休:水曜(祝日営業)
1928年創業の銭湯「快哉湯」の建物を活かし、2020年に〈レボン快哉湯〉として再生。関東大震災後の復興期に建てられた、典型的な下町の湯屋建築を今に伝えている。現在はカフェとしても営業し、地元の人々にも親しまれている。


3.
イリヤプラスカフェ
住:東京都台東区下谷2-9-10
営:平日8:30〜16:30 土日祝8:30〜17:00
休:月・火曜
元電材店をリノベーションしたカフェ。無添加のパンケーキや季節のフルーツタルト、プリンやキャロットケーキなどを手作りで提供している。また、食事やモーニングメニューも充実しているため、外国人旅行客からの人気も高い。

