先日、と言っても昨年11月のことですが、渋谷パルコであるイベントがありました。“編み物王子”ことトム・デイリーによる世界初の展覧会 “メイド・ウィズ・ラブ・バイ・トム・デイリー”です。トム・デイリーはパリ五輪で銀メダルを獲得した飛込競技の元選手。競技会場で観戦しているときに編み物をしている姿が中継カメラにキャッチされ、彼が編んでいたニットも“かわいい!”と話題になった、あのトムくんです。渋谷パルコではニット作家として作品を展示し、オリジナルグッズを販売するとともに、トム本人による編み物のワークショップが開かれました。トムを囲んでファンたちがニットを編み編み。平和な世界です。その作品はカラフルで、ハッピー感がいっぱい。本人のキャラとともに、人気を集めているのです。
編み物が、いま密かなブームになっています。私の知人にも仕事場に棒針と毛糸を持ち込んで、休憩時間にひたすら編んでいる女子がいました。「もう、編み始めると無心になってしまって。外出先でも止まらないんです」と。ひたすら何かに打ち込む、まるで修行僧のような境地で、彼女は編み物を愛しています。昭和のころ、手編みニットのブームがありました。時代が移り変わり、ここにきて再ブームがきているようです。
とくに最近は、若い世代で盛り上がっています。先日伺った文化服装学院の卒業展でも、いちばん目を引いたのがニット部門でした。超絶に細かな編み地や、かぎ針で編まれたモヘアニットの作品は、まるで一枚の絵のようです。かわいくって、手づくり感がいっぱいで、唯一無二のオリジナリティにあふれています。ほかにも、あるイベントでは、キュートな男女たちが集まって、かぎ針でクロシェニットバブーシュカを編んでいたり。ヨーロッパの片田舎でおばあちゃんが集まって、編み物をしながら、おしゃべりをしているみたいな。編み物の周りには、優しくてあったかな空気が流れています。
以前、禅の先生が「いま、この一瞬、一点に集中することがストレス解消に役に立つ」と話していたことを思い出します。その意味では、編み物はうってつけな趣味です。しかも、同じ趣味を持つ人同士がこうして集まることで、ゆるく優しいコミュニティが生まれる、そこがポイント。
昨年あたりから、ファッションシーンでもクロシェに代表される手仕事感が伝わるニットアイテムが流行しています。東コレで発表された《アンリアレイジ オム》では、手編みニットたちがランウェイに登場し、話題になっていました。どこにでもある大量生産の服ではなく、手仕事の温かみがあり、ひとつひとつ表情が違います。また、身につけることで愛情が伝わり、優しい気持ちになれる。編み物を中心とした循環が生まれているのだと思います。
冒頭で紹介したトムは、同性パートナーとの子育ての様子を公表していることもあり、性別も年齢も国籍も問わずに、編み物でつながれる居場所をつくっていたのが印象的でした。私が子供のころに、母が編んでくれたアラン編みのセーターを思い出します。サイズが小さくなるとほどいて、毛糸玉に巻き戻し、また編み直して新しいセーターに生まれ変わる。あの時代に当たり前だった手編みニットが、今日に復活しているって、素敵ですね。
THIS MONTH'S CODE
#トム・デイリー
トム(トーマス)・デイリー、1994年生まれ。イギリスの男子飛込競技の元選手。東京五輪では金メダル、パリ五輪でも銀メダルを獲得。「僕がこれまで正気を保てたのは、編み物への愛情のおかげ」といったコメントも。
#クロシェニットバブーシュカ
クロシェとは、かぎ針編みのこと。バブーシュカは頭にかぶるスカーフ。最近カムバックしたBIGBANGのG-DRAGONもお気に入りのアイテム。
#《アンリアレイジオム》
デザイナーは森永邦彦。メンズブランドとして2024年3月にデビュー。原宿に旗艦店 「anrealage homme harajuku」がある。