恋よりも愛が好きだよ珈琲のしずくは滑り出してほどける
よく自分でコーヒーを淹れている。近所の珈琲屋さんで買ったいい豆を、紙のフィルターにセット。お湯を豆に含ませると、粉がもこっと膨らむ。くるくると円を描きながら膨らみを大きくしていく、あの時間が好きだ。目の前のことに集中するからか、気持ちが整う感じがする。ドリップバッグも好きだけど、ドリッパーで淹れる儀式めいた時間をやはり愛しく思ってしまう。いい豆はお湯を注いだときの膨らみが全然違うし、一口飲むたびに嬉しさを噛み締める。
ストックが切れたときは、ドリップバッグでコーヒーを淹れる。マグカップに引っかけて、お湯を注ぐだけ。ものすごく簡単だ。口をつけてみると─んん?あれ?すごくおいしい。あっさりしていて軽やかで、もしかしていい豆よりこっちの方がおいしいんじゃないか、とまで思う。その気軽さをしばらく楽しんで、珈琲屋さんの前を通りかかると吸い込まれるようにいい豆を買ってしまう。そうするとまた、いい豆に感動する。
「忘れてしまって、また驚ける」というのは、才能かもしれない。たぶん本当はコーヒーの味なんてわかっていないのだ。豆の情報や、自分で淹れた特別感に惑わされて、慣れきったころにいつもと違う刺激に感動し、それをおいしさと呼んでいるだけなのかもしれない。
でも、まあ、それでもいいか、と思う。どちらのコーヒーも、淹れるたびに嬉しくなってしまうのだから。
岡本真帆(おかもと・まほ)
歌人・作家。1989年生まれ。高知県出身。2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)、2024年に第二歌集『あかるい花束』(ナナロク社)を刊行。最新刊に、自身の好きなものを短歌とエッセイで表現した『落雷と祝福』(朝日新聞出版)がある。