カニ ツンツン(福音館書店)

【絵本に再び出会う】「カニ ツンツン」〝子ども性〟を呼び覚ます

コラム,

 平成9年に福音館書店から刊行された「カニ ツンツン」(金関寿夫・文、元永定正・絵)は、自分と子供との距離を痛感させられた一冊でした。

 「カニ ツンツン ビイ ツンツン」「カニ チャララ ビイ チャララ」と不思議な言葉で始まるこの絵本は、金関寿夫さんがさまざまな民族の言葉や自然の音、そして自身の創作の言葉を並べ、そこに元永定正さんが自由な形と色彩の絵を描きました。

 クラスで初めて「カニ ツンツン」を読んだとき、子供たちの反応は私の予想をはるかに超えるものでした。ページをめくる度に子供たちは笑い転げ、読み終えるとすぐに「もう1回!」と、計5回繰り返しをせがみました。子供を夢中にさせる魔法がそこにあるかのようでした。

 大人は不思議な言葉の意味を探そうとしますが、子供は言葉そのものの響きやリズムを直感的に体全体で受け止めます。言葉と絵を結び付けて体で表現し始める子供もいました。翌日には「カニ ツンツン」と言い合うだけで笑いが起こり、その一言で子供たちが繫(つな)がっていきました。

 この絵本の中に子供の活力や想像力、いろいろなことを試そうとする欲求や感性があふれているからでしょう。

 児童文学者のピーター・ホリンデイルは、このことを、著書「子どもと大人が出会う場所―本のなかの『子ども性』を探る」(猪熊葉子監訳、柏書房)で、子供にとっての〝子ども性〟と呼びました。大人は誰もが子供だったにも関わらず、成長とともに〝子ども性〟を忘れていきます。

 しかし、「カニ ツンツン」が創作されたのは作者の金関さん、元永さんがともに70代の頃。2人からみなぎる〝子ども性〟に私は圧倒され、自分の中の〝子ども性〟を問い直しました。大人が子供に戻ることは不可能ですが、子供だった頃の記憶や大人へと成長した自分から子供を見つめ直すことはできます。ホリンデイルはこれを大人にとっての〝子ども性〟と呼びました。

 子供と一緒に絵本をめくるとき、大人は自分の中に沈殿していた〝子ども性〟が呼び覚まされ、大人になった自分を振り返ることで、子供へのまなざしを優しく温かなものにしていけるのです。(国立音楽大教授 林浩子)

2017年3月17日産経新聞掲載


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