平成2年に福音館書店から刊行された『めっきらもっきら どおんどん』(長谷川摂子作、ふりやなな画)は、子供にも大人にもどこか自分の中にある不思議な感覚を呼び起こしてくれる一冊です。
誰もいないお宮で、主人公のかんたが「ちんぷく まんぷく…めっきらもっきら どおんどん」とめちゃくちゃの歌を歌うと、大きな木の根っこの穴から奇妙な声が聞こえてきます。その穴をのぞき込んだ途端、かんたは穴の中に吸い込まれ、着いた先でへんてこな3人組のおばけと遊びだします。
呪文のような言葉の響きに子供たちは惹(ひ)きつけられ、不思議で奇妙な世界へと誘(いざな)われていきます。子供は見えない世界の先にあるものを、怖いけれどのぞかずにはいられない好奇心と畏れを持って見ようとしていきます。そのとき創造力が育っていくのです。
「めっきらもっきら」の音の響きは、作者の長谷川さんの好きな〝迷金羅(めきら)大将〟(奈良の新薬師寺にある十二神将の仏像)がきっかけになり、また、「おたからまんちん」や「しっかかもっかか」などのおばけの名前は、柳田国男らによる『分類児童語彙』(国書刊行会)から取ったそうです。意味の分からない言葉は音として迫ります。そしてそれは、異界へ通ずる言葉だと長谷川さんは述べます。
3人組のおばけたちが遊び疲れて眠ってしまうと、心細くなったかんたは思わず「お・か・あ」と叫ぼうとします。目を覚ましたおばけたちは「それを いったら おしまい」とかんたの口を押さえようとしますが間に合いません。その途端、光の渦に吸い込まれ、元のお宮に戻ると「かんちゃ~ん、ごはんよー」とお母さんの声が聞こえるのです。
子供がファンタジーの世界から現実の世界へと戻るきっかけや場所が「お母さん」であることは、前回紹介した『かいじゅうたちのいるところ』(モーリス・センダック作、じんぐうてるお訳、冨山房)と同じです。安心して戻れる場所があるからこそ、子供たちはファンタジーの世界で存分に遊べるのです。大人は子供時代のファンタジーと現実の世界の往復に温かなまなざしを向け、十分な時を保証していきたいものです。(国立音楽大教授 林浩子)
2017年7月7日産経新聞掲載

