同じ絵本を見て、子供と大人の反応の違いに驚かされることがあります。平成24年に福音館書店から刊行された『こまゆばち』(「かがくのとも」10月号、澤口たまみ・文 舘野鴻・絵)もその一冊でした。
「こまゆばち(小繭蜂)」の親は、木の葉の食痕や糞(ふん)を手掛かりに毛虫を見つけ、その体の中に産卵します。毛虫の体内で生まれた幼虫は、寄主(宿主)である毛虫の栄養を取って成長し、その皮膚を破り外に出て繭を作り、成虫になります。寄生という営みと、自然界の命の循環が緻密な絵と言葉で描かれています。
このような世界を幼い子供に理解できるように語ることは易しいことではありません。作者の澤口さんは、「自分が虫の中に入り、虫の言葉を語る」と言います。虫に心を寄せ共感することで、虫のストーリーを語ります。それは、人間が第三者として傍観的に事実を羅列する説明とは異なります。だからこそ、読み手は虫の世界に引き込まれ、親しさや愛しさを感じていくのです。
ところが、ある研修会でこの絵本を紹介したとき、参加者の、特に大人の女性から「わぁ、気持ち悪い」「虫は嫌い」「こういう本は苦手だから読みたくない」という声が聞かれました。
一方、子供たちは真剣なまなざしで食い入るように絵を見つめ聞き入り、「へぇー!」「すごい!」「不思議だなぁ」「毛虫は痛くないのかなぁ?」と言いました。これは、まさに、米国の海洋生物学者、レイチェル・カーソンが著書などで記した子供たちが持つセンス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見張る感性)であり、そこには自然や命への畏敬の念があります。
「こまゆばち」は人を刺したり、人に寄生したりすることはありません。ほとんどの人にとって、「こまゆばち」の存在を知らないまま人生を終えても何の支障もありません。けれども、私たちの知らない所でひっそりと、ただ「生きるために生きる」虫たちの存在やその営みを「知る」ことが、私たち人間の「生きる」に、向き合うきっかけを与えてくれることもあります。
大人の「気持ち悪い」「嫌い」などという理由で、子供の「知る」権利を奪ってはいけないのです。自分の中のセンス・オブ・ワンダーを呼び覚まして、大人も虫の世界を楽しんでみませんか。(国立音楽大教授 林浩子)