平成19年にブッキング(現・復刊ドットコム)から刊行された『きこえる きこえる』(マリー・ホール・エッツ文・絵、ふなざきやすこ訳)は、“かかわり”に言葉が全てではないことを教えてくれます。白黒の2色で描かれたぬくもりのある線は、互いの視線や表情、体の動きをより鮮明にしています。
私たちは言葉を話さない赤ちゃんの気持ちを分かろうとするとき、泣き声や吐息、表情や手足の動きに注意を向け、応答します。しかし、子供が言葉を話し始めると、大人は子供に「お口(言葉)で言わなきゃ分からないでしょ」と思いを言葉にすることを求めます。
言葉は人間だけが持つ能力であり、自分の思いを明確に言葉にすることで対話が可能になります。その一方で、互いの言葉にならない言葉を感じ取り、相手のことを一生懸命に分かろうとすることも対話です。そこでは「感じる」という分かり方が重要になります。
わが家の子供たちが小さかった頃、保育園のお迎えから帰宅するやいなや、私はすぐに家事を始めなければなりません。ある日、5歳の息子が2歳の妹にそっと話す声が聞こえました。「今、ママの眉毛がこう(への字)なって、ここ(眉間)に線が入っているでしょ。今はダメだから、お兄ちゃんが読んであげるよ」
娘が絵本を持って私のそばに来たことに、私は気づかずにいました。息子は私の必死の形相からその場の雰囲気を感じり、私に代わって妹の思いに応えていたのです。息子の言葉に、はっとさせられた瞬間でした。
私たちは、相手の表情やしぐさ、全体の醸し出す雰囲気から心の動きを感じ取ることができます。それには、ゆったりとした気持ちで注意(attention)を向け相手に心を寄せるとき、いろいろな言葉が向こうから「きこえてくる」のではないでしょうか。“TALKING WITHOUT WORDS”という原題が「きこえる きこえる」と訳されていることに納得します。
《ぼくは かあさんのところに はしっていって、うでを まわして だきつきます。「だいすき!」 なにもしゃべらなくても、ぼくの ことばが かあさんに つたわります。》
絵本の中の文です。
読者の皆さまには、子供たちのどんな言葉がきこえているでしょうか。(国立音楽大教授 林浩子)