福音館書店の月刊誌「かがくのとも」の平成30年1月号として刊行された五味太郎さんの絵本『わたしとわたし』は、作者から「自分と他者について考えてごらん」という投げかけが届いてきます。
表紙には2人の「わたし」が描かれ、1人は黒い影に包まれています。絵本では、「わたし」が「あさごはんはいつもおいしい」と思うと同時に、「もうひとりのわたし」が「ほんとうはおかしたべたい」と思う。「おてつだいはたいせつ」だと思う半面、「めんどうくさい」と思う。1人の心の中にある相反する気持ちが2人の「わたし」として描かれます。
この絵本を読んだ5歳のサキちゃんは「お菓子がごはんだったらいいのになあって、私も思うよ」と、絵本の中の「もうひとりのわたし」に共感しました。しかし、「でも、お菓子ばかり食べていたら大きくなれないよね」と、自分の中にいろいろな気持ちがあることに気付いてもいました。2人の「わたし」を対話させ、自分にとって何が良いのかを考えていきました。
大学生のミホさんは「やらなきゃいけないことは分かっていても、やりたくない自分がいて、日々そのせめぎ合いだよね」と友人たちと笑い合いました。

私には、その場にいたナナさんの言葉が気になりました。「自分は小さいころからやりたくないことも、そう思うことを否定して、もう一人のわたしをかき消してきた気がする」と。「べきである」や「ねばならない」が強調された環境で育ってきた彼女にとって、外側から与えられる正論が全てであり、自分の中のさまざまな気持ちを表すことも、それに気付くこともなかったというのです。
子供は自分なりに思いを表すことで、自分のいろいろな気持ちに気付いていきます。そして、それが周囲の人に受け入れられたり、拒否されたりすることを通して、自分や世界を知ると同時に、他者へと開かれていきます。
絵本の中の「わたし」は自分を表しながら、いろいろな気持ちに気付くことで、他者もまたいろいろな気持ちを持ち、考えていることに気付きます。さらに、そんな「わたし」を外側から「もうひとりのわたし」が見つめ、自身が成長していくことを喜びます。
裏表紙に描かれた「わたし」は1人だけです。
五味太郎さんのユーモラスな絵の中に、自分や他者との結びつきにより人が成長していくプロセス(過程)をさまざまに考えることができる深い本です。(国立音楽大教授 林浩子)