なぜ映画はこれほど母と子の関係を描き続けるのだろう。ペドロ・アルモドバルやグザヴィエ・ドランによる一連の”母“映画は、それ自体でひとつのジャンルとして成立するほど有名だ。もちろん父と子を描いた映画も山ほどあるが、母親ほど、映画にとって神秘的かつシンボリックな存在はそうそうない。
『甘き人生』は、イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオが、本国でベストセラーとなった、あるジャーナリストの自伝的小説を映画化した作品。イタリアには独特の母親への崇拝感があるという。映画が描くのは、幼い頃謎の死を遂げた母への愛に苦しむ、ひとりの男の30年あまりの軌跡だ。
その題材は、下手をすれば甘ったるく単調にもなりかねない。だが本作は、ひとつのイメージや語り口に留まろうとしない。母が亡くなった朝とその後の日々は、まるでサスペンス映画のような緊張感に満ちている。一方、孤独な少年時代の描写は、一種のノスタルジアをも呼び覚ます。やがて大人になったマッシモは様々な場所を漂う。
経営者から呼び出された屋敷での不気味な一夜があれば、サラエボでの戦争映画さながらの銃撃シーンもある。そうかと思えば、新聞の投書に答える主人公の誠実さに涙を誘われもする。
各シーンはどれも素晴らしく魅力的だが、複数の映画を詰め込んだかのような重層性に思わずくらくらしてしまう。どこへ向かっているのか、一瞬でも目を離すとわからなくなるほどだ。そのとりとめのなさは、主人公の人生そのもの。これは、どこにも所属できず、浮遊するようにいくつもの場所をさまよい歩く男の物語なのだ。
そんな男の人生は、ひとりの女との出会いによって変化する。女医のエリーザの思慮深い声は、彼の隠された心の声を引き出していく。笑うこと、踊ること、泣くこと。知らぬ間に封じ込めていた欲望を、彼は徐々に解放する。
母と子の物語、と書いたが、マッシモを長い間苦しめたのは、母親の不在ではなく、理不尽な喪失体験なのかもしれない。幸福な時間を突如断ち切られた彼は、その理由を教えてもらえないまま年を重ねてしまう。長い長い回り道を経て、ようやく男は自分の家へと帰り着く。あまりにナイーヴな帰還の物語。だが見終えた後の感触は、不思議なほど清々しい。

映画の冒頭で描かれる母と少年マッシモのダンスシーンは、中年になった彼のもう一つのダンスシーンと見事に呼応する
This Month Movie『甘き人生』
1969年、トリノ。大好きな母を突然亡くした9歳のマッシモ。誰ひとり母の死の真相を教えてくれないまま、彼は孤独な少年時代を過ごす。そして90年代のローマ。成長したマッシモは、ジャーナリストとして活躍しながらも相変わらず孤独な生活を送っていた。やがてパニック障害を起こした彼は、女医エリーザとの出会いや父との対話を機に、母をめぐる真相を確かめようと決意する。
7月15日(土)よりユーロスペース、有楽町スバル座ほかにて公開。
監督:マルコ・ベロッキオ
出演:ヴァレリオ・マスタンドレア、ベレニス・ベジョ
旧作もcheck!
『ジュリエッタ』


© El Deseo. Photo by Manolo Pavón.
以前「はしごムービー」として紹介した本作は、突然自分の前から姿を消した娘に苦しみつづける母の物語。
監督:ペドロ・アルモドバル
出演:エマ・スアレス、アドリアーナ・ウガルテ
DVD&ブルーレイ発売中
3800円(DVD)4700円(BD)
発売元:ブロードメディア・スタジオ
販売元:ポニーキャニオン
今月のはしごムービー
『ハローグッバイ』

©2016 Sony Music Artists Inc.
正反対のタイプながら互いに孤独を抱えるふたりの高校生。少女たちは、偶然出会った認知症の女性の過去を探す旅に出る
7月15日(土)よりユーロスペースほかにて公開。
監督:菊地健雄
出演:萩原みのり、久保田紗友、もたいまさこ
特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」

『天使の入江』©ciné tamaris 1994
ヌーヴェルヴァーグの2大作家で夫婦でもあったジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダ。二人の傑作群に浸れる絶好の機会
7月22日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて公開。『天使の入江』『ローラ』等5作品を上映
『しあわせな人生の選択』

© IMPOSIBLE FILMS, S.L. /TRUMANFILM A.I.E./BD CINE S.R.L.
2015 R 15+
スペインで愛犬と暮らすフリアンを訪ねた親友のトマス。自らの死を受け入れた男の最後の日々を優しくおおらかに描いた良作
ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。
監督:セスク・ゲイ
出演:リカルド・ダリン、ハビエル・カマラ
つきなが りえ
編集者・ライター。〈映画酒場編集室〉名義で書籍、雑誌、映画パンフレットの編集・執筆を手がける。この夏はドゥミとヴァルダ特集でフランスの夏に酔いしれたい