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《映画でぶらぶら》復讐劇でもサスペンスでもなく、ただ「彼女」のための物語


 本年度アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた話題作『エル ELLE』。イザベル・ユペールが演じるのは、ゲーム会社を経営する女性ミシェル。夫と別れ、瀟洒(しょうしゃ)な邸宅に猫とふたりで暮らす彼女は、ひとり息子に手を焼きながら、職場でも男性社員たちと対立する。

 映画の冒頭で唐突に起きる暴行シーンは、あまりにむごたらしく、見る者を打ちのめす。だが襲われたミシェル本人は、しばし放心したあとすぐに身なりを整え、割れたガラスや食器を片付ける。何食わぬ顔で仕事に戻り、デリバリーを頼み、思い出したように防犯グッズを購入する。その姿に、彼女はショックを受けていないのか、と戸惑う観客も多いはずだ。私自身も、見ながら次のような考えが頭に浮かんだ。どうも彼女は被害者にふさわしくない——。我ながらあまりに残酷で傲慢な感想で、そんな自分にゾッとした。

 実際、ミシェルはなぜか被害者として扱われない。過去の事件でも、現在の暴行事件でも、周囲の人々の反応は、まるで彼女自身に原因があると言わんばかりだ。彼女の誇り高き冷静さが、人々を戸惑わせ、怖がらせるのだ。

 ミシェルが自らの手で犯人を突き止めようとするなかで、ある事実が浮かび上がる。周囲の男たちがみな何らかの形で彼女に暴力をはたらき、傷つけてきたこと。彼女が常に暴力と対峙してきた女性であること。だからついに犯人が明らかになったとき、これで彼女も復讐に乗り出すだろう、私たちも心おきなく彼女を応援できるはずだ、と誰もが思う。だが彼女がとる行動はまったく予想外で、またも私たちを驚かせる。

 結局のところ、この映画はミシェル個人の物語でしかない。誰も彼女に共感できないが、だからといって彼女の行動を裁く権利は誰にもない。性犯罪を受けた女の復讐ドラマだとか、謎めいた女性が探偵役のサスペンスだとか、特定のジャンルに当てはめられることを、映画は拒む。共感や感情移入、そんな生ぬるいものはこの映画には必要ない。神々しいほどの強さと美しさを持つ女の勇気ある冒険を、ただ呆然と眺めるしかない。それ以上に素晴らしい映画体験が他にあるだろうか。

 これは、私の物語でも、あなたの物語でもない。ただ「ELLE(彼女)」のためだけの物語だ。

常にミステリアスな冷たさが漂うイザベル・ユペールでなければ演じられない、最高の女性映画

This Month Movie『エル ELLE』

ある日、家に押し入ってきた男に突如襲われたミシェル。過去のトラウマから警察に連絡することを避ける彼女だが、嫌がらせのメールや謎の侵入者の形跡に、犯人は身近にいるのではないかと疑い始める。恐るべき過去をもち、常に冷静さを失わない謎の女性ミシェルを演じるのは、フランスの至宝イザベル・ユペール。『氷の微笑』のヴァーホーヴェンが手がける、エレガントで過激な衝撃作。 

8月25日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開。

監督:ポール・ヴァーホーヴェン
出演:イザベル・ユペール、ロラン・ラフィット

旧作もcheck!

『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』

まったく共感を寄せつけないイザベル・ユペールを見るなら、やはりシャブロル映画を。女たちによる恐るべき一家惨殺事件。

監督:クロード・シャブロル
出演:サンドリーヌ・ボネール、イザベル・ユペール

DVD発売中 1900円(DVD)
発売・販売:キングレコード

今月のはしごムービー

『ローサは密告された』

©Sari-Sari Store 2016

マニラのスラム街で麻薬を売る雑貨屋のローサは、密告により突然逮捕される。フィリピン社会の現状を描いた問題作

シアター・イメージフォーラムほかにて公開中。

監督:ブリランテ・メンドーサ
出演:ジャクリン・ホセ、フリオ・ディアス


『少女ファニーと運命の旅』

Photo:Nicolas SCHUL

ナチスドイツ支配下のフランスから逃れるため、子供だけでスイスへ旅したユダヤ人の少女たち。彼女らの演技が素晴らしい

8月11日(金・祝)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開。

監督:ローラ・ドワイヨン
出演:レオニー・スーショー、セシル・ドゥ・フランス


『パターソン』

Photo by MARY CYBULSKI © 2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手は、妻と犬を愛し、毎日ノートに詩を書く。ロマンチックで詩的で愛らしい映画

8月26日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開。

監督:ジム・ジャームッシュ
出演:アダム・ドライバー、永瀬正敏


つきなが りえ

編集者・ライター。〈映画酒場編集室〉名義で書籍、雑誌、映画パンフレットの編集・執筆を手がける。最近、日系アメリカ人作家ジュリー・オオツカの小説に衝撃を受けました





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