映画で描かれる、一目惚れの瞬間が大好きだ。見つめあい、抱きあうふたりが映るだけで、「この人こそ運命の相手だ」と確信する。その根拠のない確信が、映画のなかの恋愛を成立させる。
『寝ても覚めても』も、そんな感動的な一瞬から始まる。写真展を見にきた朝子は、偶然見かけた麦(ばく)に興味を持ちながら、声をかけることなく別々の方向へ歩き出す。突然、子どもたちが鳴らす爆竹の音が響く。その音に振り向く麦と朝子。ふたりの顔が交互に映る。次の瞬間、ふたりは見つめあい、キスをする。
恥ずかしくなるほど情熱的なオープニング。だがその裏には、どこか不穏さが見え隠れする。そういえば、ふたりを引きあわせた爆竹音は、銃撃音に似ている。予感は的中し、運命の恋人のはずの麦は、突然姿を消す。数年後、朝子は麦とうりふたつな亮平と出会い、物語は再び動き出す。
とにかく人々の顔が印象的な映画だ。血縁関係はないのに、同じ顔をした麦と亮平。その顔が朝子を魅了し、同時に彼女を苦しめる。朝子自身はどこかこわばった顔のままで、まるで罪人のよう。
映画は10年という時間を描き、登場人物たちは東日本大震災を体験する。震災後、ボランティア活動のため被災地に通い続ける朝子は、自分に言い聞かせるようにこうつぶやく。「ただ間違いではないことをしたかった」。それは、自分は過去に間違いをしでかした、という罪の意識から出た言葉なのか。では間違いとは何なのか。同じ顔の男を愛したこと?亮平に事実を隠していたこと?罪悪感の正体は宙に浮いたまま、彼女は男たちの顔をじっと見つめ、ただ流されるようにふたりの間を彷徨(さまよ)う。
朝子の感情の変化はよくわからない。でもそれでいい。人生を動かすのは感情ではない。その時その時にくだす決断だ。「この人こそ運命の相手」という確信だって、結局は思い込みにすぎない。
『寝ても覚めても』は、ひとりの人間の、決断の瞬間を描いた映画だ。私たちは、朝子の、麦の、亮平の、それぞれの顔をただ見つめていればいい。彼らが決断をくだす瞬間の顔。それが何より美しい。
朝子が最後にくだす、暴力的なほどに正直な決断。まっすぐに画面を見つめる彼女の表情が、見終わったあとも、強く印象に残る。

This Month Movie『寝ても覚めても』
大阪で、謎の多い青年、麦(ばく)と運命的な恋に落ちた朝子。だが、麦はある日突然姿を消す。数年後、東京へやってきた朝子は、麦とそっくりな顔をした亮平と出会い驚く。麦への思いを抱えたまま、亮平に惹かれていく朝子。やがて恋人同士になったふたりは新生活を築き始めるが…。東出昌大が一人二役を演じた本作は、柴崎友香の小説の映画化作品。『ハッピーアワー』で国内外から高い評価を受けた新鋭監督・濱口竜介の商業映画デビュー作。テアトル新宿ほかにて公開中。
監督:濱口竜介
出演:東出昌大、唐田えりか
旧作もcheck!
『欲望のあいまいな対象』

こちらは、同じ役柄を二人の女優が二人一役で演じた奇妙な映画。『寝ても覚めても』とあわせて見るとおもしろいかも?
監督:ルイス・ブニュエル
出演:フェルナンド・レイ
Blu-ray:4,800円+税
DVD:1,500円+税
発売元:KADOKAWA