『幸福なラザロ』は、イタリア出身の女性監督がつくりだした、驚くべき現代の寓話だ。主な舞台は、イタリアの田園地帯、あるいは殺伐とした大都市。画面は終始ぬくもりに満ちているが、一方で、冷酷な現実も垣間見える。
物語は、1980年代初頭にイタリアで起きた実際の事件をもとにしている。渓谷によって閉ざされた小さな村で、村人たちは、侯爵夫人と呼ばれる領主の小作人として、タバコ農園の仕事に従事している。小作人は賃金をもらえず、村から逃げ出すことも許されない。実は、この時代にはすでに、小作制度は廃止されていたが、侯爵夫人は村人たちをだまし、その労働力を搾取しているのだ。
そんな閉ざされた村のなかで暮らす青年ラザロは、桁外れの善人。純朴で、謙虚で、何を頼まれても文句を言わず引き受ける。一方で、その善良さゆえに、人から利用され、蔑まれる。何の抵抗もしないラザロを、村の人々は見下し、面倒な仕事を押しつける。ここには、領主から搾取される側である村人たちがラザロを搾取する、という皮肉な構図がある。
聖なる愚か者が過酷な世界を救う。そんな話は、映画のなかで何度も語られてきた。たとえば『フォレスト・ガンプ』のように。でも、ラザロは世界を救ったりしない。ただそこに存在するだけ。それだけで何かが変わる。映画は、その微妙な変化を、ていねいに描く。
ラザロがもたらす変化は、決して良いものだけではない。彼の稀有な善良さは、ときに、人々の悪意や邪心を引き出してしまうから。たとえば、ラザロと仲良くなる、侯爵夫人の息子タンクレディとの友情。都会からきた不良息子と、純朴な田舎の青年との関係は、美しく尊い。だが、彼らの友情が純粋であるほど、そこにはどうしようもない悲しさがつきまとう。
村人たちの人生も皮肉的だ。真実が暴かれ、自由を与えられても、彼らが幸せになれるとは限らない。だからといって不幸とも言い切れない。そもそも、善と悪、幸と不幸、二項を対立させ、どちらか一方に振り分けるなんて、できるはずがない。映画は、曖昧さを残しながら、小さな善、小さな幸せにこそ、目をこらす。
いっさい曇りのない、ラザロの丸い瞳。私たちは、その輝く瞳のなかに、何を見いだすだろう。
This Month Movie『幸福なラザロ』
20世紀後半、イタリアの小さな村。村人たちは、侯爵夫人と呼ばれる領主のもとで、タバコ農園での仕事に酷使されている。そんななか、純朴な性格のため、村人たちからいいように使われている青年ラザロが、侯爵夫人の息子が企てた狂言誘拐に巻き込まれる。これを機に、侯爵夫人による労働搾取の実態が明らかになり…。イタリアの新たな才能が手がけた傑作。
4月19日(金)よりBunkamuraル・シネマほかにて公開。
監督:アリーチェ・ロルヴァケル
出演:アドリアーノ・タルディオーロ、アルバ・ロルヴァケル
旧作もcheck!
『ベンジャミン・バトン数奇な人生』
The Curious Case of Benjamin Button © 2008 Warner Bros. Entertainment Inc. and Paramount Pictures Corporation.
こちらの映画も、人々との出会いと別れをくりかえす、不思議な男の物語。彼もまた時代を超えた存在だ。
監督:デビッド・フィンチャー
Blu-ray:2381円
DVD:1429円
発売元:ワーナー・ブラザースホームエンターテイメント