photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

家族の小さな日常から浮かび上がる、現代社会の残酷さ《映画でぶらぶら》


 『家族を想うとき』は、イギリスの名匠ケン・ローチ監督の最新作。貧困と立ち向かう労働者の姿を描いた前作『わたしは、ダニエル・ブレイク』と同様、本作も労働者たちの苦闘ぶりを映し出す。主人公は、かつてイギリスを襲った銀行の金融組合の破綻により、職と貯蓄を失ったリッキーとその家族。リッキーは、低賃金で人にこき使われ、常に家賃の支払いに追われる生活に嫌気がさし、新たな仕事に挑もうと決意する。目をつけたのは、フランチャイズの宅配ドライバー。上司にこき使われることなくお金を稼げ、数年後にはマイホームも買えるだろうと、彼は心配する妻アビーを説得する。

 しかし宅配ドライバーの仕事は、個人事業主とは名ばかりで、配達所のノルマに厳しく縛られる。リッキーはこれまで以上に仕事に追われ、家にいる時間は減る一方。介護福祉士のアビーも、夫の宅配用のバンを買う資金のために、自分の仕事用の車を手放すはめになり、バスでの移動に疲れ果てていく。二人は子どもの問題にも手を焼く。こうして、家族をつなぎ留めていたものが徐々に崩れていく。

 恐ろしいのは、主人公たちを追い詰めるものが、はっきりとしたかたちをもっていないこと。リッキーの職場の上司は高圧的で不寛容だが、彼がこの事態の元凶ではない。低賃金と労働環境の悪さに苦しむアビーにしても、その責任の所在は不明なまま。結局、誰もがみな社会の仕組みに従っているだけなのだ。

 登場人物たちの見ている世界は、どんどん小さくなる。未来を想像していたはずの彼らが、明日の仕事のことしか考えられなくなる。危機的な事態は、黙々と進行していく。その静けさこそ恐ろしい。リッキーやアビーは愚かな負け犬でも、無力な弱者でもない。戦う術をもち、問題と向き合う理性をもっている。それでも彼らが追い詰められるのは、現代社会そのものが彼らを搾取し続けるからだ。

 「社会派」と呼ばれるケン・ローチ監督だが、声高なメッセージを叫び、大仰な感動や感傷性に頼りはしない。あくまでも、個人と家族の小さな日常を淡々と追っていく。だが気がつけば、彼らを絡め取る巨大な社会の残酷さが、見事に暴かれる。その冷徹さに震えながらも、この現実から目を離すことができない。

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道を踏み外しかけている思春期の息子と、まだ幼い娘。家族の描かれた方もじつにリアル。


This Month Movie『家族を想うとき』

 マイホームを購入するためフランチャイズの宅配ドライバーの仕事を始めるリッキー。パートタイムの介護福祉士として日々仕事に追われる妻アビーは、心配しながらも夫の決断を受け入れる。だが家族のためにと懸命に働く二人の前に、理不尽な労働システムが立ち塞がる。過酷な労働環境に苛まれ、家族の絆は徐々に崩壊していく。

12月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開。
監督:ケン・ローチ
出演:クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド


旧作もcheck!

『天使の分け前』

 ケン・ローチ監督がスコットランドを舞台に手がけた人情喜劇。スコッチウイスキーをめぐるドラマがおかしくも興味深い。

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©Sixteen Films, Why not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve, Urania pictures, France 2 Cinema, British Films Institute MMXII

監督:ケン・ローチ
DVD:4700円
発売元・販売元:株式会社KADOKAWA

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