© Oda kaori

映画は時空を越え、世界の深淵へと私たちを導いていく《映画でぶらぶら》


 メキシコ、ユカタン半島洞窟内に点在するセノーテ。隕石によってつくられた泉は、かつては貴重な水源で儀式の場でもあったが、いまでは一部が観光地化され、神秘的なスポットとして人気を博している。だがこの映画に現れるのは、ただ美しいだけの風景ではない。

 現実をそのままに捉えたドキュメンタリーでありながら、壮大なフィクションとも思えるこの映画。監督が自ら持つiPhoneのカメラは、光の揺らめく水面から水の中に侵入し、自由に泳ぎまわる人々や魚の姿を捉えながら、徐々に深い場所へと潜っていく。スキューバタンクの呼吸音とともに、石灰岩でできた水路、動物のものと思われる骨など、見たことのない風景が次々に現れる。

 映されるのはセノーテの内部だけではない。泉の周辺で生きる、マヤ文明にルーツを持つ人々の生活風景も同時に映される。人々はセノーテにまつわるさまざまな物語を語ってくれる。個人的な記憶に基づく物語もあれば、長年伝承されてきた物語もある。その声に聞き入るうち、目の前に映る映像はたしかに現在のものなのに、何千年もの昔の風景を見ているような錯覚に陥る。

 監督の関心は、この場所に秘められた歴史にこそあるのだろう。生け贄として少女が捧げられていたセノーテには、その美しさと相反する暗い影が張り付いている。水中に迷い込んだまま、二度と死体が揚がらなかった人もいる。人々の心に取り憑き、その命を美しい水の中に隠してしまうセノーテ。それはまるで美しい怪物のように、人々を誘惑してきたのだ。

 私がもっとも心を動かされたのは、カメラが地上から水の中に入る瞬間。水面を打つ水しぶきも、洞窟の隙間から射し込む日の光も、水の中に潜った瞬間、まったく別のものになる。光の描く線は束になり、ダンスをするように自由自在に動きまわる。光のダンスに見入るうち、何時間も経ってしまいそうだ。

 どこにも行けないと思っていた夏休み。『セノーテ』を見て、映画はこんなにも遠い場所へ連れて行ってくれるのかと、目の覚める思いがした。カメラは、地上と水中を隔てる境界線をするりと越え、見る者を旅の中に誘い出す。やがて私たちは、時空を越え、はるか遠く、深く、世界の深淵へと導かれる。

 
metro211_eigadeburabura_1.jpg光に満ち溢れた映像は、まるで幻想のように見る者を陶酔させる。

This Month Movie『セノーテ』

 メキシコのユカタン半島洞窟内には、セノーテと呼ばれる数千もの泉が点在する。それらは、マヤ文明時代の人々の唯一の水源であり、雨乞いの儀式として使われた神秘の場所でもあった。ボスニアの炭鉱を取材した前作『鉱 ARAGANE』が話題を呼び、第1回大島渚賞を受賞した小田香監督が、現存するセノーテを訪ね、自らのカメラで撮影した。セノーテ内部の映像と、マヤの人々の生活風景、人々の記憶や伝承が絡み合い、驚くべき幻想風景が立ち現れる。

9月19日(土)より新宿K’s cinemaほかにて公開。 
監督:小田香


旧作もcheck!

『アタラント号』

 幻想的な水中シーンといえばこの映画。川に潜った夫は、離れ離れになった妻と再会する。水の中ではどんな奇跡も起こりうる。

metro211_eigadeburabura_2.jpg© 1934 Gaumont

監督:ジャン・ヴィゴ
Blu-ray 4800円
DVD3800円
発売元:株式会社アイ・ヴィー・シー

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