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生きることを決断し、女はただまっすぐに前を向く《映画でぶらぶら》


 いったいここはどんな場所なのか。主人公の直実がひょんなことから住むことになる、高級タワーマンションの一室。大きな窓の一面に空が広がるその部屋は、広々として光にあふれた場所なのに、妙な不気味さが立ち込めている。まるでこの世とは断絶したところみたいで、人間たちも幽霊のようにふわふわと宙に浮いて見えた。そのなかで、猫のハルだけが、たしかな足音を鳴らし歩きまわる。

 郊外にある少し風変わりな出版社に勤める直実は、両親を突然失い、この現実感に欠けた部屋で新生活を始める。部屋には、同じマンションに住む叔父夫婦がたびたび訪れ、陽気な家族ごっこをくり広げる。しかし叔父夫婦に言えない秘密を、直実は抱えている。偶然知り合った人気俳優の時戸森則と、この部屋で逢瀬をくりかえしていたのだ。

 突然の高級マンション暮らし。人気俳優との秘密の関係。描かれる出来事はどれも浮世離れしている。そもそも彼女の住む部屋と現実とのつながりもよくわからない。彼女は毎日エレベーターで地上へ下り、電車で郊外にある会社へ通う。でも部屋と外の世界とをつなぐ経路は微妙に隠され、部屋は空に浮いた異空間のまま。

 そんな浮ついた生活に、やがて暗い影が差し始める。ハルを襲う大きな病。時戸や叔父夫婦との関係は混乱し、仕事でも大きなプレッシャーがのしかかる。どこを向いて生きればいいのか、直実は打ちのめされ暗い闇のなかに沈んでいく。

 いくつもの喪失のあと、ここで生きる、と女は決意する。この生活が永遠に続くのかも、これが正しい決断なのかどうかもわからない。それでもとにかくここで生きるのだと顔を上げる。直実を演じる多部未華子のまっすぐな視線が画面を射抜く。それはまるで『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』のクラウディア・カルディナーレのようだ。でたらめで暴力にあふれた世界に放り込まれた二人の女。それでも女たちは、自分がこれから生きる場所を窓の内側からじっと眺めていた。

 生きること。決断を下すこと。ここにはただそれだけが描かれている。これは、あまりにも強く美しい眼差しを持った女の映画だ。その眼差しに、私はどうしようもなく泣きそうになった。

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直実が勤めるのは、古民家を改装した小さな出版社。個性的な社員たちによるやりとりもおもしろい

This Month Movie『空に住む』

 両親を事故で亡くした28歳の直実は、叔父夫婦の厚意で、都心の高級タワーマンションで暮らし始める。同居人は長年の相棒、黒猫のハル。郊外にある出版社に通いながら、新生活になじもうと懸命に生きる直実。やがて同じマンションに住む人気俳優・時戸森則と偶然知り合った彼女は、流されるまま彼との逢瀬を重ねるが…。都会生活のなかで、一人の女性の生を力強く描き出す。青山真治監督、7年ぶりの長編映画。

10月23日(金)より全国ロードショー。
監督:青山真治
出演:多部未華子、岸井ゆきの、美村里江、岩田剛典


旧作もcheck!

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』

 西部開拓期、広大な荒地の相続人となった元高級娼婦の女。彼女が巻き込まれる熾烈な争いを描いた1968年製作のマカロニ・ウエスタン。

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©1968 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION.  ALL RIGHTS RESERVED.

監督:セルジオ・レオーネ
シネマ・ジャック&ベティほかにて近日公開

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