これほど緊張感に満ちた映画を見たのはいつぶりだろう。始まりから終わりまで、私は瞬きどころ か呼吸をするのも忘れ、ただ一心に画面を見つめていた。
物語は、「燃ゆる女の肖像」と題された一枚の絵から始まる。教え子から、その絵について尋ねられた画家のマリアンヌは、絵のモデルになった女性について回想する。かつてマリアンヌは、ブルターニュの孤島へと渡った。貴族の娘エロイーズの肖像画を描くため。最初はエロイーズには秘密の任務。でもやがてそれは一緒に成し遂げる、大事な仕事になる。
二人は、肖像画を仕上げるまでの間、召使のソフィとともに数日間を過ごす。散歩に出かけながら、 マリアンヌは美しき女の顔を一心に見つめる。彼女の姿を目に焼き付け、キャンバスに記録するため。その視線が、徐々に観察以上の何かを孕(はら)んでいく。エロイーズの視線もまた変化する。彼女の顔をもっと間近で見つめたい。その肌に手を伸ばし、もっともっと奥深くまで触れ合いたい。張り詰めていた緊張感は、いつしか恋へと変わっていた。
舞台は18世紀、女が抑圧され、声を奪われていた時代。エロイーズに結婚相手を選ぶ権利も、結婚しない自由もないように、マリアンヌもまた、男と同等の力を持つことはできない。ソフィとの間にも、階級や身分という乗り越えられない壁がある。どんなに愛し合おうと、女たちが社会の分厚い壁を壊すことは不可能だ。
でも、映画はこの物語を悲劇として描かない。多くの映画が、同性の、とりわけ女同士の恋人を描 く際に「世間に迫害された哀れな恋人たち」として描くのとは真逆だ。三人の女たちが過ごす日常は、まるで女子高校生の林間学校のよう。一緒に料理をし、本を読み大事な秘密を共有しあう。抑圧や支配のない世界では、女たちはどこまでも自由に、幸福な時間を過ごせる。ここでは、欲望も、恋心も、快楽も、女が抱える人生の喜びすべてが許される。
狂おしく燃え上がった恋愛の結末は、決して安直なハッピーエンドではない。それでも、二人は決 して自分たちの幸福と喜びを手放さない。そうしてこの愛の物語はそっと幕を閉じる。きっと誰もが 心に刻み込むだろう、最高のラストシーンを残して。

This Month Movie『燃ゆる女の肖像』
18世紀のフランス、ブルターニュ地方の孤島で、二人の女が出会う。親の決めた縁談に従うしかない貴族の娘エロイーズ。彼女の肖像画を描きにやってきた女性画家マリアンヌ。最初は互いに警戒しあっていた二人だが、その思いはやがて恋に変わる。カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞し大きな話題を呼んだ、女たちの激しく狂おしい愛の物語。
TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマほかにて公開中。
監督:セリーヌ・シアマ
出演:アデル・エネル、ノエミ・メルラン
旧作もcheck!
『キャロル』
こちらも女同士の恋を美しく描いた作品。見比べると 『燃ゆる女の肖像』とは全く別のアプローチであることがよくわかる。

監督:トッド・ヘインズ
Blu-ray 4700円
DVD3800円
発売元・販売元:株式会社KADOKAWA