男は、ある女の顔を目に焼き付ける。彼女を尾行し、動向を観察するためだ。彼女は誰とどこへ行き、何をするのか。その一挙手一投足を見守るうち、男の心の中で徐々に熱情の火が燃え上がる。もしかすると、初めて彼女の顔を見たとき、すでに火が灯っていたのかもしれない。
パク・チャヌク監督の最新作『別れる決心』は、ある事件の容疑者となった女と、事件を捜査する刑事の数奇な運命を描く。岩山から転落死した男の妻ソレを、刑事のヘジュンは怪しいとにらみ、取り調べ後、彼女の尾行と監視を始める。
中国出身のため、韓国語が拙く感情を表に出さないソレは、ひどく謎めいて見える。彼女は年上の夫を殺したのか。それともただの事故なのか。女にまとわりつく暗い影が、ヘジュンを恐れさせ、同時に魅了する。どうにか事件が解決し、二人は一度は別れを告げる。だが半年後、また別の死体が現れ、二人は思わぬ再会を果たす。
『別れる決心』が何にオマージュを捧げているのかは、一目瞭然だ。ヒッチコックの名作『めまい』。主人公の男は、友人に頼まれ彼の妻を尾行するうち、謎に満ちた彼女に魅了され、彼女が飛び降り自殺をしたあともその幻影を執拗に追い求める。尾行と監視から生まれる、変態的な愛。事件の鍵となる高所恐怖症、深い霧、緑とも青とも見える女のドレス、一度目の別れと衝撃的な再会など、パク・チャヌクによるヒッチコック映画への目配せが、随所に見てとれる。
ただし、ソレは、ヒッチコックが描いた「宿命(ファム・ファタル)の女」の地位には収まらない。ヘジュンとソレは、常に互いの立場と力関係を反転させつづける。先に惹かれたのはどちらなのか。どちらがより相手を想っているのか。事件の真相をめぐり始まった二人の関係は、巧妙な駆け引きを経て、混乱の渦に飲み込まれる。
サスペンスかと思えば純愛ラブストーリーに、悲劇と思ったら喜劇へと、目まぐるしくその姿を変える本作は、複雑な構成と遊び心に満ちた映画。でも、描かれているのは案外単純なもの。愛とは、一瞬にして始まり、一瞬にして終わる。問題は、その瞬間がどこで訪れるのか。それを発見することが、この映画を見る目的なのだ。
謎めいた女ソレを演じるのは、中国出身のタン・ウェイ。前半と後半で容貌が一変するさまも見事。
This Month Movie
『別れる決心』
優秀な刑事チャン・ヘジュンは、ある日、中国出身の女性ソン・ソレと出会う。岩山から男が転落死し、男の妻だったソレに疑いがかけられたのだ。刑事と容疑者として対峙する二人。だが取り調べと監視を進めるうち、ヘジュンの中に特別な感情が生まれていく。その後、ソレの容疑は無事晴れるが、再び事件が起き、運命が大きく動きだす。『お嬢さん』のパク・チャヌクが贈る、愛と謎に満ちたメロドラマ。
2月17日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開。
監督:パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ
旧作もcheck!
『ロングデイズ・ジャーニー
この夜の涯てへ』
©2018 Dangmai Films Co., LTD, Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD - Wild Bunch / ReallyLikeFilms
『別れる決心』と同じくタン・ウェイが出演した本作にも、『めまい』へのオマージュが込められている。
監督:ビー・ガン
Blu-ray:5280円
発売元:バジル/リアリーライクフィルムズ
販売元:オデッサ・エンタテインメント