著名な舞台女優のアリスは、ある日、弟のルイに笑顔でこう言い放つ。「私はあなたがずっと大嫌いだった」。ルイはそれを、すでに知っていたというように笑顔で受け止め、ふたりはにっこりと笑い合う。その様子は、一見、仲のいい姉弟の戯れのよう。でもこれはれっきとした絶縁宣言だ。それなのに、どうしてアリスは、これほど威厳に満ちて見えるのか。
アリスだけではない。アルノー・デプレシャンの映画に登場する女たちは、誰もがみな女王のような堂々とした笑みを浮かべ、「あなたが大嫌い」「あなたは本当に嫌なやつだ」と言い放つ。まるで愛の告白のような憎悪の吐露。私は彼女たちのその優雅な辛辣さに、いつも魅了されてしまう。
以前は恋人のように仲が良かったのに、ある日を境に仲違いしてしまった姉と弟。一度憎しみに囚われたあと、アリスは弟への憎悪を押しとどめることができない。ルイもまた、自分を無視しつづける姉を許せず、自著に彼女を貶めるようなことを書き綴る。エスカレートする姉弟喧嘩を、誰も止められず、呆れて見守るばかり。
大声で相手の悪口を言い合うアリスとルイは真剣そのものだが、はたから見れば子供の喧嘩のようでもあり、だんだんと可笑しみが湧いてくる。いい大人が、いったいどうしてここまで互いを嫌い合わなくてはいけないのか。その理由は、本人たちでさえ、わからないのかもしれない。誰かを愛するのに理由がないように、たいした理由もなく、誰かを強烈に憎んでしまうこともある。人はときに、どす黒く巨大な感情に飲み込まれてしまうものだ。
デプレシャン監督は、自分はアリスという女性を悲しい情熱から自由にしたかった、とインタビューで語っていた。その言葉通り、マリオン・コティヤール演じるアリスは、怒りに我を忘れ、絶望に涙を流し、悲しい情熱の中で、ひたすらもがきつづける。彼女が向き合うのは、他の誰でもなく、自分自身の感情なのだ。
アリスとルイは、ついに再会を果たす。その様子は、西部劇の決闘のような緊張感があり、同時にひどく滑稽でもある。ふたりの関係は、果たしてどんな結末を迎えるのか。それがどんなものであれ、きっとアリスは、王のように威厳ある笑みを浮かべているはずだ。

メルヴィル・プポーの喜劇俳優っぷりも素晴らしい。
This Month Movie
『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』
舞台女優のアリスと、その弟で詩人のルイは、いつからか互いを憎み合い、いまでは絶縁状態にある。ルイは幼い息子を亡くした後、恋人のフォニアと山奥で世捨て人のように暮らしていたが、両親が交通事故に遭い、久々にパリへ帰郷し、アリスと再会することになる。果たして姉と弟は、長年の憎悪を乗り越えることができるのか。愛と憎しみに囚われた、ある姉弟の壮大な物語。
9月15日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて公開。
監督:アルノー・デプレシャン
出演:マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー
旧作もcheck!
『クリスマス・ストーリー』

© Jean-Claude Lother/Why Not Productions
直接的な物語のつながりはないものの、『私の大嫌いな弟へ』の前日譚とも受け取れる、ある家族の物語。
監督:アルノー・デプレシャン
「アルノー・デプレシャン 監督レトロスペクティブ」(会場:東京日仏学院) にて9/21、9/29に上映予定。