実話怪談という呪い(文 チビルマ)[怖いが面白い]

カルチャー

怪談師が書き下ろす、すべて本当の怖い話。


接触

 高校生の時、帰宅部だった僕は、放課後の教室に怪談が趣味の仲間たちと集まり地元の心霊スポットに行く計画をたてたり、当時インターネット掲示板で流行っていた怖い話についてみんなで話し合ったりする日々を送っていました。

 ある日の休み時間に怪談仲間のS君が僕の席までやってきてスマホで一枚の画像を見せてきました。写真はカーナビのモニターを撮影したもので、モニターの目的地を示すアイコンには「■■■」と表記されており、傍らには神社を示す鳥居のマークがありました。そしてその地名として「葬山」と書かれていたのです。

 S君曰く、この写真が撮影されたのは数日前。撮影者はS君の母親だといいます。

 S君の母親はその日、ある用事で石川県内を車で移動していました。カーナビに目的地を打ち込み、ナビの示す通りに車を走らせていると突然カーナビのモニターが上下に揺れ暗転した後、S君が僕に見せてくれた写真の状態になったといいます。

 S君の両親は石川県で工場をいくつか経営していました。その工場には住み込みで働く従業員の方が何人かいたのですが、かつてその従業員の方が「工場に霊がいて怖いからどうにかして欲しい」と経営者であるS君の両親に訴えてきたそうです。S君の両親は霊の存在を信じていたわけではなかったのですが、念の為霊能者と言われる人物に依頼して除霊を行ったそうです。

 その時に霊能者と知り合いになったS君の母親は、目の前でカーナビに映った不可解な画面についてもその霊能者に相談してみようと思ったそうです。車を路肩に止めて、スマホのカメラを構え撮影を行ったのです。

metro270_special_05_1.jpg

実際にS君から提供された画像。■■■部分は地名。霊能者いわくカーナビに起きたこの事象は「霊の悪戯」だという。


感染

 はじめてこの画像をみた時、僕はこの画像はS君がネットから拾ってきたものだと疑いました。しかしいくら「葬山」で検索してもヒットせず、画像を加工した形跡もみられない。S君が僕に嘘をつく理由もみつかりませんでした。

 今までエンタメとして享受していた怪談の世界がいきなり現実の世界に侵食してきたようでした。心の底から恐怖したのを覚えています。しかしそれと同時にこの世界にはまだ科学や常識を超えた何かがあるんだという好奇心に呪われたのです。

 この件をきっかけに僕の怪談好きは、実際に起きた不可解な現象についての物語、いわゆる「実話怪談」好きに変わったのです。そして今に至るまで様々な人に話しかけ、取材を繰り返し、実話怪談を蒐集してきたのです。
たとえば……。


□ Aさんは、広告関係の会社でプロデューサーをしている。ある日知人と銀座にある老舗の焼肉屋を訪れた。Aさんがその焼肉屋に来たのは新入社員の時以来三年ぶりであった。三年前は店主らしき高齢の女性とその娘らしき中年の女性が二人で切り盛りしており、高齢の女性が椅子に座った状態で中年の女性に指示を送っていた姿が印象的だった。しかし三年ぶりに来た店には中年の女性しかいなかった。
 「三年前に一度来たことがあるんですよ」Aさんは、何気なさを装って中年の女性にあの高齢の女性はどうしているのかと恐る恐る聞いてみた。
 中年女性が語ったところによると、やはり、椅子に座って指示を送っていた高齢の女性は元店主であった。ただし、その女性はAさんが店を訪れた三年前には既に亡くなっていたという。Aさんが高齢の女性を目撃することは不可能だったのだ。

□ 東京で飲食店を営むMさんのお店には時々お店の奥を眺めながら「ここには女神様がいますね」と話しかけてくるお客さんがいるという。はじめは近くに大きなお寺や神社があるのでそういうスピリチュアルな感性の人が他の地域より多いだけだろうと気にしていなかったが、あまりに多くの人に言われるので隣にある民芸品店のご高齢の主人に相談すると、「あなたがお店を出した場所には昔、池があって神様をまつる祠があったのよ」と言われたという。

□ Kさんは石川県でスナックを経営している。店内にはピアノが置いてあり、近くのクラブでピアノの生演奏をしていた女性がよくクラブの休憩時間に遊びに来てKさんのお店でもピアノも弾いてくれたという。スナックの常連の中にはそのピアノの演奏を楽しみにしている方も多くいたそうだ。しかしその女性は数年前に心臓の病気で突然亡くなってしまった。それ以降Kさんのスナックでピアノが弾かれることは無くなった。
 ある日いつものようにKさんはお店で常連の方々とお酒を飲みながらたわいもない話で盛り上がっていた。すると店の入口が開き、亡くなったはずのピアニストの女性が入ってきた。Kさんも常連の方々も驚きで声が出なかった。女性は終始無言でピアノの椅子に腰掛け楽譜をめくり一曲だけ弾くとそのまま店を出ていったという。店の中にいた人はみんな幻覚をみたのだと自らを疑った。しかし、閉じていた楽譜はひらかれていたという。

□ 夜釣りが趣味のKさんは、ある夜いつものようにお気に入りの岬でひとり釣りを楽しんでいた。すると突然背後に人の気配を感じたという。釣具を取るフリをして自分が座っている椅子の下から背後を覗き込むと、そこには何者かが裸足で立っていた。足が綺麗なことからKさんは後ろに立っているのは女性だろうと思い、顔を見ようと振り返るとそこには誰もいなかったという。


僕が蒐集した実話怪談のうちいくつかを紹介させていただきました。読んでみて少しでも「怖い」ではなく「面白い」と思ってしまった方がいたら、その方はもう実話怪談の呪いに感染してしまっていることでしょう。

metro270_special_05_2.jpg

チビルマ

怪談師。2018年より怪談師として活動を開始。TVやラジオ、YouTubeからイベント、書籍までさまざまな媒体で活動。2023年よりYouTubeチャンネル「おばけ座」に参加。
X @chibiru_m



カルチャー


この記事をシェアする

LATEST POSTS