小谷実由さんが綴る
おでんのある風景。
年々おでんを食べたいと思うことが増える。おでんには祖母の顔が浮かび、日々の張り詰めた心が郷愁と安心感でスッと緩む。好きなおでんの具は、表面が細かなさいの目切りの三角形のこんにゃく。それを端から黙々と食べ進めるのが好きだ。
「あたし、猫だから」。これは、私は猫ですという宣言ではなく、熱いものが苦手な猫舌の祖母の言葉。下町育ちの祖母は、いつもチャキチャキと立ち回り、近所の困っている人の手助けをする人だった。幼い頃両親が共働きだった私は、そんな祖母のもとでご飯を食べることが多く、おでんもよく一緒に食べた記憶がある。
ぶるぶると震える冷えた夕方、学校から帰ると石油ストーブの上には花柄の大きなホーロー鍋。もしや。ガラスの蓋をそっと持ち上げ、蒸気の隙間から中を覗くと、やっぱりおでん。部屋中に広がる出汁の香りにうっとりしながら、お決まりの具材がぎゅうぎゅうに詰まっていることを確認する。鍋の揺れるカタカタカタ…という音はストーブの熱でじっくり煮込まれている合図。本当はここでちょっとお先に失礼して味見をしたいところだけど、それをグッと堪え、夕飯を楽しみに待つ。
祖母が家族と同じタイミングで食卓に着いているのをあまり見たことがない。いつも台所の片付けをしたり、私たちの食事の世話を焼いたりと忙しなく動いていた。おでんは熱々を頬張りたい私が、あったかいうちに一緒に食べようと誘っても「あたし、猫だから」とお決まりの返答。私が食べ終わる頃、やっとすべてを終えて席に着く。そして、猫舌にも適温になったおでんをビールとともにおいしそうに食べていた。「猫だから」は自分のペースを守るかっこいい祖母の口癖だった。
実は私も猫舌で、「あたし、猫だから」は私の口癖にもなった。でも、おでんだけは別物。いまだに冷めるのを待ちきれずに頬張っている。祖母のようにじっくり猫らしくおでんを味わう日はいつになることやら。
小谷実由さん
1991年、東京都生まれ。ファッション誌や広告を中心に、モデル業や執筆業で活躍。著書に『集めずにはいられない』『隙間時間』(ループ舎)。
