illustration: Yu Fukagawa

《お多福美人講座》手を合わせる心

コラム

 一年ほど前、着物で歩いていると、声をかけてくださった女性がいました。上品で温かみがあるその方に、思わず「どうしたらそんなおきれいでいられるのですか?」と伺いました。なんと90歳というその方は、「人を恨まないようにしています。それから、嫌なことはできるだけすぐに忘れるように。そうしないと心が真っ黒になるから」とおっしゃっていました。

 「人を恨まない」、「嫌なことは忘れる」。そうできれば、もちろんいいのですが、修行の足りない私にはなかなか⋮。そこで「そうできない時はどうしていらっしゃるのですか?」と重ねて伺いました。するとその方は「手を合わせているんですよ」と話してくださいました。

 予想外の答えでしたが、新橋芸者も昔から置屋の神棚や見番(芸者組合)のお稲荷さんをはじめ、いろんなものによく手を合わせていたなあと思い当たりました。他にも、雷門で有名な浅草寺の本堂の真ん前には、志ん橋と書いた裏に芸者衆の名前が並んでいる大きな提灯を奉納して、年に二回みんなで参詣しています。神といわず仏といわず、日頃から手を合わせる機会が多かったのです。

 創業以来ずっと利益を出し続けている大企業の会長様の「神をも恐れぬ仕業なんていって、めちゃくちゃなことをする人がいるけど、僕が見てきた限り、人知を超えた存在に敬意を払わない人は、必ず転落するよ」という言葉も思い出しました。

 信仰というほど大げさなものでなくても、この宇宙を動かしている計り知れぬ力に手を合わせ、時にはそれにたのむという選択肢があると、自分では抱えきれないものがうまく処理できるような気がします。怒りや悲しみで心が不自由なとき、できることをし尽くして他に手立てがないとき、先人から受け継いだ「手を合わせる」という行為を、ぜひ思い出してみてくだい。


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