illustration: Yu Fukagawa

《お多福美人講座》身を守る怒られ方

コラム

 どんな職種でも、新米の頃は怒られるのも仕事のうち。変人として名を馳せていたお嬢様育ちの同期は、同じことで何度か叱られたときに、「それは前にも言われましたので、何度もおっしゃらなく てもわかります」と爽やかに言い放ち、「じゃあ、どうして直ってないのよー‼」 とお姉さんを絶叫させていましたっけ。 そんななかで、誰がどんなことを大切にしているのか知ったり、機嫌の良し悪しを察知したり、同じことをしても怒られない妓がいる理由を考えたり、その後に役立つことが多くありました。…とエラそうに書きましたが、それに気づけたのはずっと後のこと。

 お姉さんやお師匠さん、お客様からの注意は「ここで教えてあげないと、この先この子が困る」とか、「これがわかってないと、まわりに不愉快な思いをさせ る」という、親心が根本。ところが私は、一度「ダメなヤツ」と思われたらもう相手にされなくなるのでは?と不安で、自己弁護に躍起になったり、叱られている内容を理解せずに「すいません」を連呼して、その場から逃れようとしていました。注意を「攻撃」や「否定」と感じていたのです。また、「叱る」と「怒る」は別物だといわれますが、実際には、「あなたのためを思って」に続く言葉が、ただの憂さ晴らしということもあり得ます。反対に、きちんと受け止めるべき言葉であるのに「何をしても文句をつける人」とレッテル 貼りして、逃していることもあります。

 今は、理不尽に感じるときこそ、「私をよくしようと思っている」と"必死"で 思うようにしています(笑)。そうすることで、「叱る」に含まれる不純物から成長に必要なことが取り出せるうえに、無駄 な消耗から自分を守れます。そして思わぬ特典は、注意してくれた人が、敵ではなく味方に見えること。どんな心で聞くかで、相手との関係は変わっていくようです。

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