コーヒーpapaのおいしい話⑩

GOURMET, COLUMN

 日本で予約の取れないレストランはいくつかありますが、最近は、キャンセルが発生するとメールで連絡が来るサービスもあります。ただし、翌日の空席とかの連絡で急すぎます。

 一人で食べに行くわけにはいきませんので、連れの確保も必要になり、キャンセルが出たといってもすぐに対応できるのはよほどの暇人か食通でしょう。店にとって、ドタキャンはいい迷惑ですが、現実的にキャンセル料も取りにくく、このようなサービスに一定の効果はあるのでしょう。

 予約の取れないレストランで、私が一番行きたいのはイタリアンの「リストランテ濱崎」(青山)でしょうか。「リストランテ山﨑」(乃木坂)のシェフ時代からの20年間に10回くらいしか行けていません。開店以来、予約を取るのが大変でややあきらめています。

 世界一予約の取れないといわれたスペインの「エル・ブジ」はすでに閉店しました。とにかく、おいしさよりも衝撃を優先したかのようでしたので、表現できることが限界になったのだと想像はします。


ジビエでも人気の鹿肉料理


 この店の出現は、料理界では大きな転換期で、(イタリアンのマルケージなどもそうですが)

デンマークの「ノーマ」も脚光を浴びました。

 私のような、スタンダードな料理を基本としている食べ手には関心度は低いのですが、トレンドを追いかけるメディアには格好の材料となるのでしょう。

絵画で言えば、印象派からいきなりダダイズムに移行したような飛躍です。

 この2つのストランの後に「世界ベストレストラン50」の1位になったのは、2015年がスペインの「エル・セル・デ・カン・ロカ」、2016年がイタリアの「オステリア・フランチェスカーナ」で、2017年がニューヨークの」「エベレン・マディソン・パーク」でした。

 最近の料理は、モダンアートとして、美的に消化されつつある印象です。
行ってみたいのですが……今は難しいですね。

 日本の東京は世界最高の食の都だと思うのですが、日本のレストランが2つしか入っていないのは審査員が日本での食の体験が少なすぎるのか?料理の多様性について対応しきれていないのか?真偽のほどはよくわかりません。

 そのような中、常にランクインする日本の「NARISAWA」(青山)は、日本及び西洋の枠を超え新しい料理の表現領域に入り、日本における街場のレストランのフレンチの歴史の中で異彩を放っていると感じます。

 一方、西麻布あたりから誕生した日本のフレンチ創成期のビストロである、「フィガロ」「ビストロ・ド・ラ・シテ」「ビストロ・サンノー」「イル・ド・フランス」「ムスタッシュ」などは、現在のよりビストロらしい「ル・リオン」(恵比寿)などにつながっています。
反面、古典的なスタンダード料理の店は、ヌーベルキュイジーヌや創作料理の中で影を潜めつつあります。日本の街場のフレンチレストランの歴史はせいぜい40年くらい(ホテルなどは除く)です。若い時期から食べ始め、還暦を過ぎてもレストランで食べ続けている私のような食べ手には、スタンダードな料理は思い出の中に消えそうです。

 牛の赤ワイン煮、サラダニソワーズなどは多くのビストロにありますが、ブータンノワールなどのソーセージやダブリエドサブー(牛の胃袋の揚げたもの)などの内臓料理はまれに見かける程度ですし、かつて「ル・マノアール・ダスティン」(現在は銀座6丁目)で食べた脳みそや髄などは狂牛病以降、もはや食べることはできません。

 最高においしいノルマンディの「羊」は、かつて「レストランコバヤシ」(総武線平井)で食べて以来食べていません。

羊肉料理


またフランス人の大好きなクスクスなども一時期に比べると食べることのできる店は少なくなりました。スズキの網焼きやパイ包み、エスカルゴのクリームソース煮なども見なくなりました。

逆に言えば、日本でフレンチは細分化され発展し、レストランとビストロの料理の違いが明確になり、進化しているのだと思います。食の構成も前菜、メインのワンツーという基本形から、5から10皿と料理の種類で表現する方向に向かっています。

また、「コートドール」(三田)などでは、一皿の料理の多さから、2人で一皿をシェアする顧客も見かけます。「一皿」に込められたシェフの思いを理解するには、それなりの食べ手の姿勢も重要に思うのですが。TPO(時、場所、場合に応じた方法・服装等の使い分け)という概念は崩れてきています。

私が、フレンチを食べ始めたのは、1976年からで、西麻布のビストロからでした。
当時は、まだフレンチといえばホテルの時代でした。ホテル料理は素材の味よりも、ドゥミグラス(フォンドボーにマデラ酒などで煮詰めた)、オランデーズ(卵黄とバター)、ベシャメル、アメリケーヌ(甲殻類の殻やみそを炒めブランデー、魚のだしで煮詰める)などソース全盛期の料理でした。この時期は、街場にきちんとしたレストランはほとんどなく、ビストロの創成期でした。ここから日本のフレンチは発展していきます。


フレンチの定番ともいえる鴨肉料理


 私が、安い給料の中からやりくりして、1万円のレストラン費(今に換算すると2万~3万円くらいでしょうか)を捻出していた時代です。

今では、1万円出せばうまいフレンチを食べることができますので、いい時代になりました。

当時は、ワインの輸入も少なく、シャブリ(今では普通に流通し、当時より安く飲めます)が高級品でした。まだ、フランスでもワインのテースティングが確立されていなかった時代です。



注1)「コートドール」「ル・マノアール・ダスティン」「レストラン小林」「リストランテ山﨑」「リストランテ濱崎」「ナリサワ」「ル・リオン」では、食後に堀口珈琲を飲むことができます。

注2)新しい情報は、多くのサイトで見つけることができますので、過去にさかのぼった特殊な情報をお届けするようにしていますので、ご了解ください。

注3)写真は掲載レストランとは関係ありません。



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