photo: Naoki Muramatsu edit: Shiori Sekine(EATer)

I.S.U. houseの椅子[東京きらり人]


この街の、ちょっといいものつくる人


【I.S.U. houseの椅子】

椅子張り職人 上柳征信さん

職人技術が細部まで光る100年使える椅子

 《イスハウス》の工房に並ぶのは、18世紀中頃のフランス宮廷のサロン文化を彩ってきた、「ロココ調」と呼ばれる椅子の数々。この椅子は、ここで椅子張り職人を務める上柳征信さんが、フランスから取り寄せた木枠にバネや馬毛などでつくるクッション材を乗せ、手縫いで生地を張り、仕上げを経て完成する。すべて手作業でつくるオーダーメイドの一脚は耐久性にすぐれ、5年、10年と使っていくうちに体になじみ、座り心地もよくなっていくそうだ。

 1964年に「上柳製作所」を創業した初代となる先代は、征信さんの父・博美さん。征信さんは、12年もの修業期間を経て椅子張り職人となり、2010年に「株式会社I.S.U.house上柳」に社名を変更。代表に就任した。現在、新規の椅子の製作を請け負う工房は減少傾向にあり、《イスハウス》への依頼も、長年使われた椅子の修理依頼が多いそうだ。依頼者の希望にあった生地を手配し、元の生地やクッション材を丁寧に外し、新たな命を吹き込む。その一つひとつの修復作業にも、征信さんのこだわりが行き届く。

 「修理をするといっても、まったく新しいものに仕上げることはしたくないんです。何十年と使ってきたご家族の思い出が、この椅子には詰まっている。その歴史の延長を図れるよう、使える材料はなるべく、お預かりした椅子についているものを使うようにしています」

 穏やかな口調で話しながら、征信さんは曲がった古い鋲を慣れた手つきでトントンと打ちつけていく。釘の代わりに1本1本鋲を打ち、布を留めていく仕上げの工程「鋲打ち」だ。修理前の椅子から抜いた鋲は曲がってしまい、再びきれいに打ちつけるのは至難の業。熟練の技術によって、椅子は歴史の面影を残しながら、さらに美しく丈夫なものに生まれ変わり、持ち主のもとへ帰っていく。その手伝いをして喜んでもらえることが、職人としての最大の喜びだと征信さんは話してくれた。

 「100年使えるものをつくりたい。だから、こんなところ誰もわからないだろうって部分まで、こだわってしまうんです。背もたれと座面の生地の柄が続いて見えるように細かく調整したり、生地をつなぎ合わせる工程では、糸が見えないように手縫いしたり。普通は、ここまでやる必要ないんだけど…」。取材時に工房に並ぶ椅子をはじめて見たとき、あまりの美しさに息を呑んだ。その理由が、征信さんの言葉に隠れているようだった。椅子張り職人・上柳征信のものづくりのポリシーが貫かれた一脚は、“座る”という役割を超えた、究極のクラシックチェアだった。

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椅子づくりに使う生地は、フランスから輸入している。

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鋲打ちの工程。曲がった鋲も力の入れ方やたたく角度を変えることで、まっすぐに打てるという。その正確さと速さは、まさに職人技。


《買えるのは、ここのお店》

平和台駅(東京メトロ有楽町・副都心線)
株式会社I.S.U. house 上柳

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征信さんの父・博美さんが1964年に創業した椅子製作所。受注による椅子製作のほか、椅子の修理復元や布の張り替えなども行う。そのほか、1年ほどかけてフレームや布地などすべて一から選んでつくる椅子教室も開講。工房見学もできるので、公式HPから詳細をチェックしてみて。

練馬区北町6-31-20
Tel. 03-3931-5040
[営]確認
[休]日・祝(一部土)
https://www.isuhouse.com


遠い世界だと思ってたけど、征信さんがつくっている姿を見ると、ついつい欲しくなってしまいます。

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《案内人》鈴木正晴さん

株式会社コンタン代表取締役。「ニッポンのモノヅクリにお金を廻す」を旗印に、日本全国のすぐれものを発掘、国内外へ発信している。






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