世界的な芸術家として評価の高い江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎(1760-1849)の作品を集めた「すみだ北斎美術館」が22日、東京都墨田区にオープンします。北斎は、この美術館の前の「北斎通り」付近で生まれ、その後も墨田区でその生涯のほとんどを過ごして数多くの作品を残しました。開館記念展「北斎の帰還-幻の絵巻と名品コレクション」では、海外に流出して100年余り所在が分からなかったものの、昨年再発見されて墨田区が所得し里帰りを果たした長さ約7メートルの幻の絵巻「隅田川両岸景色図巻」(すみだがわりょうぎしけしきずまき)をはじめとした数々の北斎作品を展示しています。

北斎の生誕地にほど近い場所にオープンする「すみだ北斎美術館」 (写真・田中幸美)
約1800点に及ぶコレクションは、1989(平成元)年から墨田区が収集した作品に加え、世界有数の北斎作品のコレクターで研究家でもあったピーター・モース氏の作品、そして日本人浮世絵研究の第一人者である楢崎宗重氏の作品の3本柱からなります。
北斎は、ユニークな人物像でも知られています。90年の生涯で93回も引っ越しをしました。江戸時代の紳士録には「中島鐵蔵(北斎の本名) 居所不定」と書かれたほどです。一説によると、掃除をしたり片付けをするのが苦手で家の中が汚くなると引っ越しをしたといいますから、今でいうとかなりの〝奇人変人〟かもしれません。その風貌も白髪の蓬髪で鼻と耳が人一倍大きかったとか。
さらにお金には無頓着でした。こんなエピソードもあります。津軽城主に屏風絵を描いてくれと頼まれましたが、北斎がなかなか描こうとしないので使者が五両の内金を置いていきました。そして、「絵を描いてくれればさらに報酬をはずむ」と申したところ北斎は、「先にもらった五両を引き取れば絵を描きに行ってもよい」と言ったそうです。お金を積まれても気が向かなければ決して描くようなことはなかったのです。

「北斎肖像」 渓斎英泉画 「協力・すみだ北斎美術館」
展示の序章では、北斎の自画像をはじめ後世の画家が描いた北斎像を紹介しています。エピソードを思い浮かべながら北斎のイメージを作ってもらいたいそうです。
そして1章では、北斎の目を通して描かれた隅田川左岸の地「すみだ」にまつわる作品を紹介しています。春の花見や夏の花火、そして秋の紅葉狩りなど、すみだは風光明媚な土地でした。また、回向院や三囲稲荷などの神社仏閣をはじめ、忠臣蔵の舞台として知られる吉良邸跡など数々の名所もあります。北斎の曾祖父は赤穂浪士討ち入りの夜、吉良上野介を守って討ち死にした小林平八郎だと自ら語っていたといいます。20代のころの北斎の筆による錦絵「忠臣蔵討入」も展示しています。

「新板浮絵両国橋夕涼花火見物之図」 大判錦絵 1781-89(天明年間)頃 「すみだ北斎美術館」

「忠臣蔵討入」 大判錦絵3枚続き 1781-89(天明年間) 「すみだ北斎美術館」
そして、第2章がこの展示会の目玉となる幻の絵巻「隅田川両岸景色図巻」です。両国橋から山谷堀あたりまで隅田川の両岸の景色が洋風の陰影法を交えた表現で、また新吉原の遊興の様子が細緻な筆遣いで描かれています。この絵巻は、落語中興の祖として知られる烏亭焉馬(うていえんば)が北斎に発注したことがわかっています。北斎は、焉馬の長編小説に挿絵を描くなどして交流を重ねてきました。主任学芸員の奥田敦子さんは「小説の中で焉馬は『信友 葛飾北斎』と書いています。作者と絵師のこうした関係は珍しく、非常に親しい間柄だったことがわかります。絵巻は2人の友情の結晶だったのではないでしょうか」と話していました。

「隅田川両岸景色図巻」 紙本着色一巻 1805(文化2)年 「すみだ北斎美術館」
そして、3章の名品ハイライトでは、北斎の代名詞でもあり、富士山を多様な角度から斬新な構図で描いた錦絵の連作「冨嶽三十六景」を前後期で展示替えしながら紹介するそうです。現存する冨嶽三十六景の中でも保存状態がとてもいいそうです。さらに近代の洋画家と見まがうほどの写生味のある花鳥図「桜に鷹」や一度目にしたら忘れない「鮟鱇図」などを展示しています。

「富嶽三十六景 賀奈川沖本杢之図」 大大版錦絵 1831(天保2)年 「すみだ北斎美術館」

常設展示室では、30回も変えたといわれる雅号ごとに代表的な作品をエピソードなどを交えながら展示しています。さらに、門人が残した絵をもとに北斎84歳のころのアトリエの模型で忠実に再現しました。とくに人形の北斎がかすかに筆を動かすシーンには驚きます。
すみだ北斎美術館は、地上4階地下1階延べ面積3300平方メートル。3、4階に企画と常設の2つの展示室が配置されています。設計デザインは、世界的な建築家、妹島和世さんが担当しました。

北斎84歳のころのアトリエを模型で忠実に再現した部屋もあります (写真・田中幸美)

すみだ北斎美術館からは間近にスカイツリーも臨めます (写真・田中幸美)
18日に行われた内覧会では菊田寛館長が「生誕の地に顕彰する美術館が建てられのは大きな意味があります。美術館はちょっと敷居が高いイメージがありますが、ここから発信して地域の活性化の拠点としたり、北斎という人物や作品をキーワードに地域とともに文化的な活動の連携を図りたいと思います」とあいさつしました。
世界に散逸していた北斎の名品が生誕の地・墨田に再び集められ、北斎が名実ともに墨田に帰ってきたといえます。生誕の地を訪れながら北斎の世界に浸り、芸術の秋を謳歌するのもいいですね。

ミュージアムショップも充実しています (写真・田中幸美)

ミッフィーと北斎のコラボ本まであります (写真・田中幸美)

スヌーピーとのコラボ商品はどれもかわいらしいですね (写真・田中幸美)
◆「すみだ北斎美術館」は、東京都墨田区亀沢2ー7ー2。午前9時30分~午後5時30分(入場は閉館の30分前まで)、月曜休館。問い合わせは☎03・5777・8600(ハローダイヤル)。
ホームページは、http://hokusai-museum.jp/