3日はいよいよ節分。京都では前日の2日からさまざまな神社や仏閣で節分行事が始まります。
京の節分といえば「東の吉田」に「西の壬生(みぶ)」と昔から称される吉田神社と壬生寺では、朝から参拝者が次々と訪れ、節分の狂言や鬼やらいと呼ばれる神事を見守り、厄除けと招福を祈りました。

京都市左京区の吉田神社では平安初期から宮中で行われた鬼を払う神事「追儺式」(ついなしき)が行われました。別名「鬼やらい」とも呼ばれるそうです。厄災や不幸をもたらすとされる3匹の鬼が逃げ惑う様子を参拝者が見守っていました。

あたりが暗くなった午後6時、赤鬼と青鬼、黄鬼が参拝者を大声でおどしたり暴れ回ったりしながら次々に境内になだれ込んで来ました。鬼のあまりの恐ろしさに泣き出す子供もいたほどです。
続いて矛と盾を手に鬼を追い払う役目を担う役人「方相氏」が登場。鬼が境内から追い払われると、 集まった参拝者から歓声が上がりました。
吉田神社は、鬼が出入りするとされる北東の方角である鬼門の鎮護にあたる役目を担い、節分祭は室町時代から行われてきたそうです。
3日午後11時からは、参拝者が持参した古いお札やお守を焼き納める火炉祭(かろさい)が営まれます。
鬼門が吉田神社なら、裏鬼門にあたるのが壬生寺(中京区)です。壬生寺では2、3日の限定で無料で行われる国の重要無形民俗文化財の「壬生狂言」を目当てに訪れる参拝者が少なくありません。演目はそのものずばり「節分」。

壬生狂言は約700年の歴史を持つ伝統芸能です。演目の節分は、着物で変装した赤鬼が女主人を誘惑するが、豆で追い払われるというコミカルな物語。病気や厄災をもたらす鬼の甘い誘惑に負けずに「マメ」に働くことを表現しているといいます。
1日に計8回披露され、赤鬼が笛や太鼓の音に合わせてユーモラスな動きを見せると、観客からは笑いと拍手が起こっていました。

また、参拝者たちはこの時期だけ参道の売店で売られる素焼きの土鍋「炮烙」(ほうらく)を求め、自分や家族の数え年や願いごとなどを墨書し、厄除けを祈願していました。炮烙は壬生寺に古くから伝わる他に例のない習わしで、4月29日から始まる「壬生狂言春の公開」で舞台から落として割るということです。なんとも豪快なことです。
八坂神社では2日、恒例の節分祭が始まりました。先斗町の舞妓2人が、新春に恋人を待つ女性のそわそわとした気持ちをしっとりと情感たっぷりに表現した「梅にも春」という舞踊をあでやかな着物姿で披露しました。

また、境内では節分限定の竹串に守札をはさんだ「串札」などが授与され、多くの参拝者が求めていました。豆まきは3日も行われます。