平成22年に主婦の友社から刊行された『たくさんのドア』(アリスン・マギー・文、ユ・テウン・絵、なかがわちひろ・訳)は、子供のみならず、大人にとっても、成長や新たな旅立ちへのエールとなる一冊です。1人の子供がさまざまな経験をしながら“旅”をする道程が描かれています。
「きょうも あしたも あなたは たくさんの ドアを あけていく」
作者は優しく、そして、力強く語りかけます。
自分の力でドアをあけていくとき、その向こうには、たくさんの新しいことや驚くこと、面白いことや喜びが待っている。けれども、嵐や雪のような過酷な日もある。自分がどんな人生を歩んでいくのか不安に思うこともある。しかし、あなたは行く手を見つめ進んでいく強さや勇ましさを持っている。途方もない力がある。そして、こうつづられます。「はるばるとした おおきなものに あなたは まもられている なにがあろうと」
この絵本を初めて手にしたとき、私は自分自身の旅立ちを思い出しました。
地方に生まれた私の若い頃の「ドアの向こう」の一つは東京でした。家族に黙って準備を始めたとき、父に見つかります。大反対する父を、「あの子の人生、あの子なら大丈夫。行かせてやりましょう」と説得し、私の背中を押してくれたのは母でした。
東京で家庭を持ち、仕事と子育てで必死の私を、両親は応援してくれると同時に、「共働きで頑張っているのは親だけじゃない。子供も頑張っているのを忘れてはならない」と教えてくれました。子育て真っただ中のときに大学院に通い出した私を、父亡き後も母は励まし続けてくれました。2人は新たなドアをあけようとする私を信じ、見守ってくれたのです。
親になり、さまざまなドアをあけていくわが子に、ときに戸惑い、うろたえてしまうこともあります。あの時の両親の気持ちがやっとわかるようになりました。
この絵本の原題は「SO MANY DAYS」。「たくさんの日々」とは、これからの日々と同時に「これまでの日々」も意味します。子供とともに大事に紡いできた「たくさんの日々」こそが、「はるばるとした おおきなもの」であり、それがあるからこそ、「あなたなら大丈夫、行ってらっしゃい」と子供を信じ、背中を押すことができるのではないでしょうか。
3月、旅立ちのときです。(国立音楽大教授 林浩子)