大切な人が指名手配犯かもしれない。そのとき、あなたならどうする…。ネットやSNS全盛でいとも簡単に人を疑う〝不信の時代〟に、「信じるとは」という根源的なテーマを投げかける映画「怒り」が17日から全国公開されています。
吉田修一氏の同名の長編小説を李相日監督が映画化しました。2人のタッグは2010年の日本アカデミー賞はじめ国内の映画賞を総なめにした「悪人」以来6年ぶり。李監督に撮影やキャスティング、脚本などについて聞きました。

「3カ所で沸き起こる感情をつなげるだけでなく、波及する様子を描きました」と話す映画「怒り」の李相日監督(写真・田中幸美)
「怒り」のストーリーはこうです。ある夏の日、東京・八王子で夫婦惨殺事件が発生、現場には血塗られた「怒」の文字が残されました。犯人は逃亡、顔を整形してどこかに潜伏していると思われます。事件から1年後、千葉、東京、沖縄に、素性がよくわからない3人の男が現れます。それぞれの場所で男に出合い親しくなった人たちに芽生える「もしかしたら彼が犯人ではないか」という不信感。そうした疑惑を抱えながら、それぞれの物語が進みます。主演の渡辺謙さんをはじめ、宮﨑あおいさん、松山ケンイチさんが千葉編、妻夫木聡さんと綾野剛さんが東京編、森山未來さん、広瀬すずさんが沖縄編という超豪華キャストが集結しました。
最初、原作を読んで「本当に難しいと思いました」と李監督は話します。原作で扱っている「怒り」は、どうしようもない思いをどこかに抱えているもののそれを表に出せないという目に見えない怒りの感情です。「それを映像で、俳優という生身の人間を通してどう立体化できるか。前作『悪人』よりもハードルが高い気がしました」

千葉編に登場する宮﨑あおいさんと松山ケンイチさん。映画「怒り」には2010年公開の映画「悪人」のスタッフとキャストが多数結集しました ©2016映画「怒り」製作委員会
また、これまでのほぼすべての作品同様、李監督が脚本を手がけました。いきなり書き始めるのでなく、まず1つ1つのシーンや気になる個所を付箋(ふせん)のような紙に書き並べます。そして、感情はどう流れるか、見る者にとって犯人の影がどう感じ取れるかなどを確認しながら何十枚にも上る付箋を並び替える作業が続いたそうです。「いつもこの作業をゼロからやっています」。そして、「3カ所の別々の場所で起きている物理的にはまったく交わらない物語を、1つの感情に束ねていく過程が一番難しかった」と振り返ります。
さらに、3カ所で沸き起こる感情をただ繋げるのでなく、気持ちが〝波及〟し、予想に反して増大していく様子を描いたといいます。「疑う気持ちって伝染するじゃないですか。噂は特にそうですよね。自分の心や状況が良くないときに『あの人がこう言っていた』と聞くと何人もが信じていく」と解説しました。

沖縄編の広瀬すずさんと森山未來さん ©2016映画「怒り」製作委員会
主演の渡辺謙さんについては「多彩なキャストが出る中でどこかで信頼したりされなかったり裏切ったりと、さまざまな感情を受け止めてくれる存在が必要だというときに、渡辺さんの顔が浮かびました」といいます。そして、「なかなかああいう謙さんは見たことないですね」と納得した表情でした。
宮﨑さんの役どころと彼女のパブリックイメージはかけ離れているものの「どこか人の幸せを優先させるというか、もしかしたら人より自分を大事にできない瞬間があるのではないかというところがあの役と繋がったのです」と宮﨑さん抜擢(ばってき)の内情を話してくれました。
また、李監督の現場は入念で厳しいリハーサルを繰り返すことでも有名です。東京編に出演する妻夫木さんと綾野さんは役作りのために共同生活をしたそうです。「空気感として2人の絆が見えてほしい。リハーサルで足りないのはそういうことなのでは」と話したところ、2人で自発的に始めたそうです。
そして、最後には「自分で納得したものだけが絵として残っています」と話しました。映画「怒り」は、見る者に人間の危うさ、哀しさ、不可解さなどさまざまな感情を呼び起こさせる人間ドラマです。(田中幸美)

東京編の妻夫木聡さんと綾野剛さん。2人のラブシーンが話題になりそうです ©2016映画「怒り」製作委員会
