そのバーは恵比寿の渋谷橋のたもとにあります。「おすすめのバーがあるんですよ。ちょっと変わっているんですけどね」という友人に誘われて、その店に行きました。仕事関係の男子2人+私という組み合わせです。階段を上ると、そこは真っ暗な闇が広がります。お店の方が照らす、ほんのりとした灯りを頼りに店内に。連れが耳もとで「ここ、この暗さで人気なんですよ」と囁きます。
店内はぐるっとカウンターが囲み、奥にも何席かありますが、ほぼカップルで埋まっています。会話もひそひそ声。ほの暗い店内は席にスポットライトが当たるものの、他の席は目に入らない、音楽もほどよく静かに流れる大人の空間という感じです。カウンターの向こうにはチリチリと炭火が焚かれて、肴は炙った干物や野菜。とてもヘルシーです。3人でカウンターに座った我々はちょっと浮いておりましたが、周りを見るといろんなカップルが目に入ります。たいていが大人男子と女子という組み合わせ。女子は若い子から美魔女まで。それぞれにどんな恋愛なんだろーなー、と仕事柄想像しますが、何よりもカップルの距離感がいい感じに近いのです。
暗闇は人を近づけます。バーもいろいろですが、隣がうるさかったり、合コン流れの騒々しい酔っ払いにからまれることもなく2人の世界に没頭できる暗闇の距離感。そして隣の目線を気にすることもなければ、男子にしても女子にしても"口説きやすい""愛を語りやすい"場所であることは間違いありません。
また暗闇は人を大胆にします。最近流行っている「暗闇エクササイズ」というのがあります。エクササイズをするとき、隣の人って気になりませんか? 六本木や青山にあるNY発の「FEELCYCLE」はDJが入ってガンガン音楽が流れる中、インストラクターが盛り上げながら、みんなでバイクを漕ぐというもの。明るい中では隣が気になったり、大胆に大声なんて出せないものが、暗闇ではグッと大胆になれて集中できる、というわけです。銀座のボクシングジム「b-monster」では、同じようにDJがプレイする中、サンドバッグを打ち込むことができます。45分のレッスンで、なんと消費カロリーは1000キロカロリーを超えるとか。サンドバッグを思いっきり叩けば、嫌な上司や彼氏の鬱憤も忘れられそうですね。
そんな暗闇ブームの中で、ある事件も起きました。「ブラックボックス展」という展覧会で、真っ暗な会場で痴漢騒ぎがあったのです。これは運営側に不備がありましたが、暗闇=なんでもやっていいってことでもありません。その点、数年前に経験した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は素晴らしかったです。完全な暗闇を目が不自由な方に案内されて、いろんなものに触れ「見えないことの恐れ」や、逆に「見えることの不便さ」などを学ぶことができます。暗闇の中では、リードしてくれる目の不自由な方のほうが自由になります。これも暗闇で学んだことです。
暗闇は距離を縮めたり、大胆にしてくれたり、ストレス解消になったり、時には見えることのありがたさを教えてくれたり。歌舞伎には「だんまり」という闇夜の中を演じる演目がありますが、江戸時代なんて街はもっと暗かったのです。その時代に戻って、真夏の夜に暗闇デートはいかがですか? きっと言えなかった愛も語れるはずです。
THIS MONTH'S CODE
#バー
内緒です(笑)。探してみてください。
#FEEL CYCLE
朝7時から、23時まで、クラブ並みの音響システムの中サイクリングでエクササイズできるジム。
#b-monster
NY発の暗闇フィットネス。サンドバッグをひたすら叩いて、ストレス解消しながらシェイプアップ。
#ダイアログ・イン・ザ・ダーク
暗闇のエキスパートである視覚障がい者の方がエスコートして暗闇を探検するプログラム。
http://www.dialoginthedark.com
ぐんじさゆみ
『ViVi』『GLAMOROUS』を経て、コンデナスト入社後『GQ JAPAN』編集長代理を務めた後、『VOGUEgirl』を創刊。2014年7月より『Numéro TOKYO』に参加。gumi-gumi主宰