人里離れた田舎でコーヒー店をやることは可能なのか?
奥能登(石川県珠洲市)で「二三味珈琲」を営む二三味さんは、小田急線成城学園前駅近くにある洋菓子店「マルメゾン」(堀口珈琲 世田谷店の目の前にも支店があります)でパティシエとして4年働き、その後、堀口珈琲でも4年間働いて、実家のある珠洲市に戻り、おばあちゃんの船小屋に焙煎機を入れ、コーヒー豆の販売を始めました。堀口珈琲で、はじめて焙煎を担当した女性でもあります。


また、タイユバン・ロブションのパティシエだった古市さんも堀口珈琲で焙煎を担当し、退職後は兵庫県三木市で「クージーカフェ」を開き、コーヒーを焙煎しています。堀口珈琲ではその後も、希望する人には男女の区別なく焙煎をしてもらっています。現在も、狛江店に女性焙煎士がいますので、もはや伝統的といえるかもしれません。ただし、適性もありますね。
さて、二三味さんは、辺鄙(へんぴ)な木の浦海岸(輪島から車で2時間近くかかります。夏は少しにぎやかになりますが冬は人気のない場所です)で焙煎を始めましたが、若い女性のUターンでもあり、地道に地元に溶け込んでいきました。
人徳なのでしょうか。あまり計画性のあるタイプではありませんでしたが、人生をよい方向に転がしていく能力を持っているようです。
当時、自家焙煎店(生豆を焙煎して、それを自店の喫茶で使用する業態でしたが、現在は家庭向けに焙煎豆を販売することが主な業態になっています。近々にお話します)は、女性の仕事としては珍しいこともあり、次第に観光客が訪れるようになり、販売量を増やしていきました。数年後には、珠洲市内にカフェも開業し、今や全国に焙煎豆を販売しています。
地元の公務員男性と結婚。2人の子供を育てながら頑張っています。2015年には、彼女をモデルにした映画「さいはてにて」が、永作博美さん主演(私がコーヒー全般の監修を手掛けました)で公開されています。
一方、大分県の耶馬渓近くの携帯の通じないような山の中に「豆岳珈琲」はあります。


ご夫婦で、大工さんに手伝ってもらい店を建て(大工さんを手伝ったのではなく、大工さんに手伝ってもらった)、自家焙煎店をはじめました。
奥様の若奈さんが、1990年の堀口珈琲開業の年にいきなり「アルバイトいりませんか」と飛び込んできたのが大学1年生(世田谷店近くの東京農大の森林学科で割りばしの研究をした)のときでした。「土日休まなければいいよ」と採用しましたが、最終的に4年間働き、造園関係の会社に就職し、結婚して退職、再び堀口珈琲で働きました。
コーヒー好きで、ご主人の実家のある大分県で自家焙煎店を計画したのですが、彼女は世田谷のお嬢様育ちでしたので、田舎の生活に不安もあったのでしょう。そこで、夫婦ともども「二三味珈琲」を手伝いながら出店準備をし、開店に至っています。
耶馬渓近くの山道は、「車が通れるの?」というくらい狭く、かつ、分かりにくく、お店は、「一度でたどり着ければラッキー」な場所にあります。しかし、ご主人の実家近くですし、近隣のコミュニティーとの関係を築きながら徐々に基盤を築き、今ではしっかり地元に根を張り焙煎豆を販売しています。
誰が見ても、「こんなところで店が成り立つの?」と思うような場所です。それでも、土日などは、来店者の車の交通整理で1日が終わってしまうこともあるようです。
焙煎豆は、宅急便のおかげで、日本中どこにでも送ることができます。ですから、認知度が上がり、風味が良ければ売れる可能性はあります。しかし、誤解しないでほしいのですが、それなりのコーヒー知識や焙煎スキルは不可欠ですし、さらに企画力、コミュニケーション力など多様な能力が必要です。「言うは易し、行うは難し」ですので、安易にスタートするのは避けた方がよいでしょう。
家を建てるといえば、北海道ニセコ町の「高野珈琲」の高野さんは、ご夫婦で毎週札幌から大好きなニセコに通い、休みの日はテント生活をしながら2年間かけ、自分たちで住居兼店舗を建ててしまいました。世の中には“不思議”なカップルがいるものです。本当に、ニセコの自然が大好きなのでしょう。


「どうやってつくったの?」ー「本を見ながらツーバイフォーで建てました」。「材料は?」ー「ホームセンターでそろえました」というから驚きです。
18年前、壁にペンキを塗っていた女性たちのカフェ創成期の時代から、みずから家を建ててしまうような究極のスタイルまで、コーヒー関連の店は、さまざまな歴史を刻んでいるのです。