コーヒーpapaのおいしい話⑧

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 コーヒーの栽培品種としては、アラビカ種とカネフォラ種(ロブスタ=強い、ともいわれる量産種で耐病性ある反面、酸が少なく、ベトナムが主要生産国で主に低価格品に使用)の2種があり、世界の生産比率は現在、6:4程度です。

 2000年以降、コーヒーの風味や品質の違いは、ワインやお茶、米などと同じように、環境、栽培方法、加工(コーヒーの場合は精製といい、果実の種を取り出すプロセス)などの要因から生まれるという認識が広がりました。つまり、生産履歴が問われ始めたということでしょう。考えてみると、この当たり前のことが当たり前でなかったのが、世界的な嗜好品であるコーヒーでした。

 そして、アラビカ種の中で高品質生豆のニーズが増加。私は、この時期を“コーヒーの革命期”と呼びました。それまで、コーヒーの風味がもっぱら抽出の方法や焙煎の方法に依存していたことから考えると、生豆の品質に目を向けたのを境に世界のコーヒー産業は激変しました。

 つまり、優れた風味のコーヒーの流通の歴史はわずか15年程度しかないのです(異論はあるでしょうが、少なくとも風味を主観的なおいしさから、品質という客観的な視点で見るようになったのは最近のことです)。嗜好品だから、「自分がおいしければいい」という意見は、今でも多く聞かれます。「100円だからおいしい」というのはそのニーズがありますので、市場での存在価値はあります。しかし、嗜好品であるがゆえに「おいしさには段階があること」を知るのも大切です。

 そして、そのおいしさは、「良いものを体験すること」「味覚を開発すること」によってでしか感じられるようにはなりませんので、そこに嗜好品としての楽しみの本質があると思います。これは、そば、寿司、鰻、ステーキ、イタリアン、フレンチ、ケーキなど、あらゆる食に言えることです。もちろん、外食では価格との兼ね合いもあり、そのコストパフォーマンスを判断できるということは、味覚がベースだと思います。

 さて、今は大学でも食育については、さまざまな角度から研究され、Kさん(大学院に入るまでに海外支援事業に携わっていた)は、子供食堂やフードバンク、味覚訓練、食品衛生など多様な側面から研究をしています。私の通っている大学院の教授も小学校で、紙芝居をしながら、食事バランスや栄養、調理などについてボランティアで教えています。

 子供の頃、味覚形成がうまく行われないと、大人になってから基本の味が分からなくなってしまうようです。茶懐石の後藤加寿子先生(「茶懐石に学ぶ日日の料理、文化出版局」など著作多数)は「子供のころ、薄いおだしの味が分からないと大人になってもだしの味が分からない」と料理発表会でよく話しています。官能評価学会では、「大人がよい味がわからなくなってきている」、「よい商品を開発しても売れなくなってきている」というような見解も耳に入ってきます。

 さて、高品質コーヒーには、スペシャルティコーヒー(以下SP)という言葉が使用され、2003年にはSCAJ(日本スぺシャルティコーヒー協会)が誕生しました。しかし、その頃、まだ世界中で、「単一農園」の豆の流通はほとんどなく、今はやりの「シングルオリジン」という言葉は使われていませんでした。

 当時は各生産国の輸出規格(未熟豆、虫食い豆など欠点豆数や標高など)が品質を示していましたが、流通しているほとんどの生豆は、生産履歴があいまいなものでした。例えば、コロンビア・スプレモとか、グァテマラ・SHBとかブラジルNo2などですね。現在、これらは、汎用品としてコマーシャルコーヒー(以下CO)とかコモディティコーヒーとも呼ばれます。

 SCAJの2016年の調査では、SPは生豆全体の8.1%で、それ以外はアラビカCOとカネフォラということになります。

生豆:欠点の少ないエチオピアグレード1(左)と、欠点の多いグレード4(右)


 私は「各生産国で一番おいしいコーヒーの風味とはなんだろう」と常に考えてきました。ですから、生産履歴-どこで、だれが、どうやってつくったのか-といった概念を日本の商社や生産地の輸出会社に求めましたが、なかなかその意味を理解してもらえませんでした。たった15年ほど前ですよ。(ですからコーヒーの風味は劇的に変わったのです)

 1999年に旧狛江店の2階で、「コーヒーのテースティング」(柴田書店2000年初版/絶版)を書いていた時期、たった1枚の生産地の写真を入手することがとても難しかったことを思うと、隔世の感があります。

 そんなわけで、自分で何とかしたいと考え、生豆を購入することを前提で、無理をいい、単一農園の豆のサンプルをもらいはじめ、カッピングして購入する豆を決めていきました。あの頃、私と同じように考える人たちが米国やヨーロッパに少しずつ生まれつつあったのでしょうね。その動きは2000年代の前半に大きなうねりとなりました。

 北欧を中心として、エスプレッソ抽出の動きがバリスタコンテストにつながり、米国ではSCAA(米国スペシャルティコーヒー協会、現在はSCA)の展示会に生産国の生産者が多くのブースを出展。また、COE(カップオブエクセレンス)という生豆のコンテストも開催されるようになりました。日本では2000年以降、多くの「自家焙煎店」(次回のテーマ)が生まれています。



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