映画、音楽、演劇、小説にアニメーション……日々新しい文化芸術が生まれる街で、そのつくり手たちは、どんなことを考えているのだろうか。第1回は奥山由之さんに聞いた、立ち止まること、駆け抜ける日々について。
波紋を遠くへ広げるために。
立ち止まることなく10代、20代を過ごしたという映画監督・写真家の奥山由之さん。34歳の今は、ひと息つくことを意識するようになった。最近は、お香を焚いたり、散歩をしたりする時間を大切にしているという。
「映画を撮っている間、写真家の仕事を受けていなかったからか、最近は原点回帰というか、写真を撮り始めた学生の頃のように、いい風景に出合うとシャッターを切っていて。そうしていると、心が落ち着きます」
とくにお気に入りの場所は、長編初監督作『アット・ザ・ベンチ』(2024)の舞台にもなったベンチだそう。
「太陽が沈んでいくのをずっと見ていると、忙しく過ぎ去ってしまう時の流れを冷静に眺められて、とても贅沢な時間だなと感じられます」
観ると不思議と落ち着く映画は、『aftersun/アフターサン』(22)と『SOMEWHERE』(10)。
「共通するのは、父と子の話であること。その理由を言語化しようとしたことはないんですけど、セリフよりも、表情や映像から受け取るものがあるようなシーンは、繰り返し観てしまう気がしますね」
仕事として映画の世界に足を踏み入れるきっかけとなったのは、30代前後にふと立ち止まった経験だった。
「理由を突き止められない不全感があって、このままでは新しい感情に出会えないかもしれないという焦燥感を覚えてたんです。会話劇への憧れもあったので、作りたい映画を作ることにチャレンジしようと思いました」
自主制作『アット・ザ・ベンチ』の経験から、個人的な強い思いをチームで持ち寄ることの大切さを知った。その後、運命的なタイミングで、人生の中間地点の惑いと変化を描いた『秒速5センチメートル』実写化の監督オファーを受ける。そして、初の大型長編商業監督作として完成させた。
「時代の価値観も常識も加速度的に変わっていくなかで、映画という長期的な創作活動をするのはリスクも大きい。だからこそ、個人だけじゃなく、チームで強い思いを共有して走らないと怖いですよね。個人的な思いを少数に伝えようとすることが、結果的に普遍につながるのだと思います。いつも頭の中に湖を想像して、そこに石を落としてみるんです。小さな100個の石だとお互いの波紋で消し合ってしまう。でも、たった1カ所に大きな石を落とせば、波はきれいに遠くへ広がります。その波紋を、僕らは作品から受け取っているんだと思います」
□1991年生まれ。初監督作品『アット・ザ・ベンチ』が第15回北京国際映画祭「FORWARD FUTURE」部門にて最優秀脚本賞と最優秀芸術貢献賞をダブル受賞。これまでに米津玄師「感電」「KICK BACK」星野源「創造」のMV、ポカリスエットのCMなどを監督。第34回写真新世紀優秀賞受賞。第47回講談社出版文化賞写真賞受賞。

©2025「秒速 5 センチメートル」製作委員会
映画『秒速5センチメートル』 10月10日(金)全国公開
原作:新海誠 劇場アニメーション『秒速 5 センチメートル』
監督:奥山由之
脚本:鈴木史子
音楽:江﨑文武
主題歌:米津玄師「1991」
劇中歌:山崎まさよし 「One more time, One more chance 〜劇場用実写映画『秒速 5 センチメートル』Remaster〜」
出演:松村北斗、高畑充希、森七菜、青木柚、木竜麻生、上田悠斗、白山乃愛、宮﨑あおい、吉岡秀隆 ほか