映画、音楽、演劇、小説にアニメーション……日々新しい文化芸術が生まれる街で、そのつくり手たちは、どんなことを考えているのだろうか。今回はイザベル・ユペールさんに、旅のこと、異国・異文化にまつわる話を聞いた。
違いと普遍のあいだの旅。
フランスを代表する名優イザベル・ユペールさんが、世界の映画ファンを魅了する韓国の名匠ホン・サンス監督と3度目のタッグを組んだ映画『旅人の必需品』。ソウルを旅する謎めいたイリスを演じるユペールさん。彼女は、スクリーンの外でも、演劇や映画の仕事で世界中を飛び回っている。
「旅とはいえ仕事なので、バカンスとはまったく意味合いが異なります。常に気持ちはオンの状態です。今回は、一人芝居『Mary Said What She Said』のために来日していたので、いかに私の精神が集中していたか、ご想像いただけるでしょう(笑)」
旅の三種の神器は、本、水、そしてサングラス。山、海、スキー場など行き先や同行者によって旅の楽しみは変わると言うが、なかでも特に好きな過ごし方は、美術館を巡る時間だという。
「旅の特権だと思います。誰にも邪魔されることなく、個人としてアートと向き合えるということは」
年を重ねるごとにナチュラルに輝きを増すユペールさんは、「人生に飽きることはほぼありません。旅することも刺激的ですし、働くことによって、また映画を観ることによって新しい経験ができます」と微笑む。そのポジティブなエネルギーの秘訣を尋ねると、少し間を置いて、「好奇心をもつことです。それで十分かどうかはわかりませんが」と返ってきた。
「好奇心は私にとって必要な欲求ではなく、純粋な喜びなんです。フランスでは、好奇心は悪い癖と言われてしまうのですが(笑)、誰かの家に行くと、ドアの向こうに何があるのか見てみたくなるんですよね」
共通語である英語をメインとして、ほんの少しのフランス語、脇を固める韓国人俳優勢にとっては母語である韓国語で綴られる本作。英語を話すとき、自身のキャラクターは変わると、ユペールさんは言う。
「英語で演技をすると、別の自分が立ち上がってきます。相手の話を聞く耳も変わる。また、理解はできなくても他言語のもつアクセントに魅了されます。それは、誰かを好きになるときと似た感覚かなと」
ホン・サンス作品の中で、ユペールさんの存在は、異国や異文化への興味と好奇心を体現する。その違いやズレが、柔らかな詩情を生み出す。
「異なる文化が交わるところにまず違いあり、それを表現することからユーモアが生まれる。その違いは、私たちを区別し、またつなげて近づけていく、とても興味深いものなんです」
□1953年、パリ生まれ。ヴェルサイユの音楽・演劇学校やパリの国立高等演劇学校などで学び、『夏の日のフォスティーヌ』(71)で映画デビュー。『ヴィオレット・ノジエール』(78)、『ピアニスト』(2001)でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞。『エル ELLE』(16)でアカデミー賞主演女優賞にノミネート。その他多くの作品に出演。

©2024Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
映画『旅人の必需品』 11月1日(土)より、
ユーロスペースほかにて全国順次公開
脚本・監督・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:イザベル・ユペール、イ・ヘヨン、クォン・ヘヒョほか
2024年/韓国/韓国語・フランス語・英語/90分/カラー/原題:여행자의 필요/英題:A Traveler’s Needs/配給:ミモザフィルムズ
監督デビュー30周年、5カ月連続新作公開「月刊ホン・サンス」開催中
https: //mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/